世界樹の迷宮を彷徨う者たち
これは、世界樹の迷宮の第五階層のネタバレ文章です。

035 空


沈黙した枯レ森の奥に、石の柱が立っていました。
不思議な光を放つ、磁軸にも似た、けれど明らかに異質な存在です。
勇気を出して踏み出すと、私たちはゆるやかに下へと落下し始めました。
信じがたいことに、足元に広がるのは空……そして、石の骸……
キリク
「……何、ここは? 大地の奥底に、空が!?」
ケイン
「うっそだろ。何なんだよ。どうなってるんだよ、これは!」
ルビー
「見な。石の柱がびっしり立ってるよ。どうやら、植物に覆われているようだねぇ。これ、ずいぶん古いんじゃないかい?」
キリク
「ここに、あるのか……?」
ラチェスタ
「大気が重いな。むせ返るような、とはこのことか。随分と地上とは成分が違うようだ」
ケイン
「多分、毒はないぜ。だけど、あまり長いこといるとおかしくなっちまうかもしれない。
にしてもここは……」
キリク
「あれ、ただの柱じゃないよ。穴がたくさん開いてる。それに妙に整っているし……」
ルシオン
「これは何かの巣……いえ、古代都市……でしょうか? 人の手によるもの、ですね」
ケイン
「まさか、人工物? こんな所に? 
あっ、まさか、モリビトの本当の住処? あの子もここに?」
ラチェスタ
「さあ、モリビトたちが居たところとは随分と様子が違うように見えるが……」
ルシオン
「私たち、どこまで落ちてゆくのでしょう?」
キリク
「真下に大きな柱が二本。あそこへ向かって落ちているみたいだ」
ケイン
「そうだッ! 落ちてんだよ! 大丈夫なんだろうな? つぶれトマトなんてやだぜッ!」
ルシオン
「随分と速度はゆっくりですから、大丈夫だとは思いますが……」

二本の巨大な柱に降り立った私たちは、柱の端で佇む人影を見つけました。
どうやら、この古代都市のようなものを見つめているようです。
ジンライ
「…………」
ルビー
「ジンライ! あんた、何してるのさ、こんな所で!」
ジンライ
「よう、お前らか。遅かったな。待ちくたびれたぜ」
ルシオン
「心配したんですよ!」
ケイン
「何してんだよ! こんなところまで一人で来て、何たくらんでるんだよ!」
キリク
「ジンライさん……捜していたものは、見つかったんですか? そうなんですね? 
あなたが探していたのは、この古代都市だった?」
ジンライ
「古代都市か……そうだよ。
俺の知っていたこの街は、新宿って呼ばれていたけどな。
前にここからこうやって景色を眺めたのは、学生の頃だったな……」
キリク
「シンジュク……? これがここの名前? けれど、あなたがどうしてそれを……」
ジンライ
「さァな。俺にもよく解らん。まだ悪夢を見ているような気分だよ。
俺がお前くらいの頃、旅行帰りの飛行機事故で意識が吹っ飛んだその時から、俺は悪夢を彷徨い続けているんだ。
ここに来たら、夢から目覚めるか、夢に沈むかのどっちかだと思っていたんだが……どっちも違うみたいだな。
タイムスリップか? パラレルワールドか? どっちだっていい。もう、どうだっていい……」
ルシオン
「……? まさか、あなたは、この都市が生きていた頃の住人だと、言いたいのですか? 
あなたは何者です?」
ジンライ
「迅雷典弘、自分の時代に置き去りにされた、ただの人間だ」
ケイン
「そんなの信じられっかよ!」
キリク
「ジンライさん、それなら、ここの事は良く知っているんですね?」
ジンライ
「さあな。見たところ随分と派手に改装されちまってる。
俺の知っていた頃とは何もかも違っちまってるだろうよ」
ルシオン
「とにかく、一度戻りましょう。いいですね?」
ジンライ
「それなら、ここの階段を下りたところのすぐに磁軸があったぜ」
ケイン
「冷静だな」
ジンライ
「今更取り乱しても仕方ないからなァ」
ケイン
「お前の話が全部本当だとは思わねぇよ。
けど、そんな目に遭ったっていう割には随分と、冷静すぎやしないか? 怪しいよ。怪しすぎるよ、オッさん」
ジンライ
「そりゃなあ、俺もこっち来て長いんだぜ。
悲しいほど染み付いちまった冒険者根性ってヤツだな」
ケイン
「…………」

ルビー
「ジンライ……そうか、あんた、それで……」
ジンライ
「悪いな。俺は亡霊みたいなもんだ。誰かを幸せにすることなんざできやしねえ」
ルビー
「なんでさ。あんたは今ここに居るだろ? 亡霊だって? ふざけんじゃないよ!」
ジンライ
「怖いのさ。ここの世界での俺が固まれば固まるほど、ガキの頃の世界が夢みてぇに思えてくる。悪夢に溺れちまう」
ルビー
「ヒトを悪夢の住人呼ばわりかい? 失礼だねぇ。
どっちもホントのあんただろ。それで何が悪いってのさ」
ジンライ
「そうだな。頭じゃ解ってるのさ。
けどな、俺は本物の侍じゃない。ただの剣道をちょっとかじっただけのまがい物だ。ブシドーを名乗れるほどの強い心を持っちゃいねぇ」
ルビー
「今のあたしらにとってアンタは紛れもなく仲間で、頼りになるブシドーだ。
あんたはあの景色を見るために、戦ったこともないのに自分の力であそこまで降りたんだ。
そんなことまで、あんたは自ら否定するっていうんだね?」
ジンライ
「大した買いかぶりだ」
ルビー
「……そうかい。あんたがそんなバカだとは思わなかった。
言っとくけどね、今のあんたみたいなのと一緒に迷宮に挑むのはゴメンだよ」
ジンライ
「…………」

キリク
「ジンライさん、ひとつ聞かせてください。
あの街には、死者を復活させる技術はありましたか?」
ジンライ
「……お前の役にゃ立てねぇ。すまんな。
俺が居た頃のメディックは、今ほどの技術も持っていなかったくらいだぜ」
キリク
「そう、なのか……」
ジンライ
「けどな、それはあくまでも俺が知っている範囲では、だ。
もしかしたら、俺が見ていないところにお前が求めるものはあるのかも知れないな」
キリク
「……ジンライさんは、もう迷宮へは行かないんですか?」
ジンライ
「さあ、な……」
キリク
「ジンライさん、前に僕に言ったことを覚えていますか? 同じ事を僕からも言わせてください。
あまり一人で思いつめないでください。僕たちはあなたから見れば子供で頼りないだろうし、あなたの言っている事や思いを完全に理解することはできないと思うけど、できる限りの力になることはできると思うんです」
ジンライ
「…………」
キリク
「ギルドは、たとえ一時的にでも、みんなにとっての家です。もちろん、ジンライさんにとっても。
もう少し、僕たちを信じてくれても、いいんじゃないですか?」
ジンライ
「……ちッ、あいつみてぇな事を言いやがる」
キリク
「……?」
ジンライ
「俺の友達だ。ずーっと昔のな……」

ルシオン
「ジンライ、あなた、あそこへ行った時に、ヴィズル氏を見かけませんでしたか?」
ジンライ
「いや、見ていない。 だが、俺の思い違いでなければ、あのレンとツスクルって嬢ちゃんたちの姿は見かけた気がする」
ルシオン
「そうですか……
ところで、あなたは、何千年もの時を生きてきたわけではないのですね?」
ジンライ
「俺がそんなジジィに見えるか、嬢ちゃん」
ルシオン
「そうですよね……どちらにしても、信じがたい話ですけれど」
バルロンド
「ところで、ジンライ。いくつか質問があるのだが……」
ジンライ
「先に言っておくが……俺は技術だの理論だの、そーゆー細かいことに関しては一切答えられんぞ。科学とか物理とか苦手だったからな」
バルロンド
「そうか、それは……非常に残念だ」

036 地下二十一階

樹海の奥に沈んでいた古代都市、そしてそこに消えた長ヴィズル。謎は深まるばかりです。
モリビトはこの古代遺跡を守っていたというのでしょうか?

ジンライ
「おー、遅れちまったな、悪ィ悪ィ」
チェ=パウ
「遅刻だよ! もう、何時だと思ってるのー?」
ケイン
「お前にだけは言われたかねーな」
ルシオン
「ジンライ、本当に大丈夫ですか? 昨日の今日ですし、心の整理がついてからでも構わないのですよ」
ジンライ
「心の整理? 整理するような繊細な悩みなんざねぇ。俺に必要だったのは、ただあきらめるきっかけだ。今更戻れるとも思っちゃいねぇさ」
ルビー
「…………」
ジンライ
「まァ、頼りになるかは知らないが、俺の知識が役に立つかも知れん。
といっても、あの状況であの時代の何かが残っているとも考え辛いがなァ」
バルロンド
「上層の森の様子から見ても、少なく見積もっても千年単位は放置されていると考えてよかろう。
建造物が形を残していること自体が奇跡と言っていい」
ジンライ
「そうだなぁ、ビルの耐久年数ってそんなに長くなかったと思うが…… 俺は、あの街がどうしてあんなふうになっちまったのか知りたい。俺が知っていた世界はこんな風じゃなかった。何か大変なことが起きたとしか考えられねぇ」
チェ=パウ
「とりあえず様子見だね。まだあそこを探索して大丈夫なのかもよくわかんないもん」
ジンライ
「もしビルが崩れて磁軸がどうにかなっちまったら、ちょいと面倒だからな」
ケイン
「ふん、その時はルビーの術式で帰れるだろ」
ルビー
「いや、あの術式は磁軸の力を利用しているから、磁軸が狂ったり破壊されたりしてしまったら使えなくなっちまうよ」
ケイン
「うっ。そ、そうなるのか」
ジンライ
「まー、そン時ゃ救助に来てくれや。お得意のうぃざーどりー魂でな」
ルシオン
「気をつけてくださいね、皆さん」

ルビー
「やれやれ、心配して損したよ。
あれだけ熱くなったあたしが馬鹿みたいじゃないか」
ジンライ
「悪ィな。あきらめはとっくについてるのさ。ただ少し、らしくもなく感傷的になっちまっただけだ。
けどよ、嬉しかったぜ」

ケイン
「しかしここは何度来ても変な空気だな。成分検査したら地上とは違う数値が出そうだぜ」
チェ=パウ
「わ~ッ!」
ルビー
「何だい、いきなり」
チェ=パウ
「ここ、声が響いて面白いよ。わ~ッ! やっほ~!」
ケイン
「ば、馬鹿! 化け物に聞きつけられたらどうするんだ!」
チェ=パウ
「あ、そか」
ユディト
「ジンライさん、ここでは化け物を飼っていましたの?」
ジンライ
「んなわけねェだろ。政界には魑魅魍魎っていうけどよ」
ユディト
「ここ、何かいますわ」
ケイン
「f.o.e.か?」
ユディト
「ええ、多分」
ケイン
「……マジだ。なんかここにでかいものを引きずったような跡がある……」
ルビー
「正直今のメンバーじゃ不安が残るから、気をつけていったほうが良さそうだね」

ジンライ
「ここは、エレベーターホールか。さすがに動いちゃいないだろうな……
おや」
ルビー
「この扉、人が触った形跡があるね。開き……はしないか」
チェ=パウ
「これはなに? ただの扉じゃないの?」
ジンライ
「これはな、エレベーターっつって、違う階に一気に移動することができるんだ」
チェ=パウ
「へーっ、何、魔法?」
ジンライ
「魔法じゃない、ただの技術だ。だが、電気がないと動かないし、第一機械も壊れてるだろうな」
ルビー
「電気? あたしらが作るような雷撃かい? ちょっと当ててみようか?」
ジンライ
「……違うんじゃねェか? もっと安定していないと使えんだろう、きっと。そんな事したら壊れるから、やめとけ」
ケイン
「なあ、ってことはこの扉、この都市が死んで以来動いてないってことになるんだよな? 
その割に、最近動いた形跡がある」
ジンライ
「……確かに扉がこすれた跡があるな……まさか、生きてるってのか? 
……いや、やっぱ動く筈がねぇ。電源が落ちてやがるぜ」
ルビー
「そうかい、動けば探索には便利そうなのに、残念だねぇ」
ジンライ
「メンテナンスフリーのエレベーターなんぞ聞いたことはねぇからな。もし動いたとしても、ちょいとスリリングな体験ができそうだぜ」
ケイン
「なあ、待てよ。とすると、この扉を動かした奴は、誰だ? 
ここまで降りてきたのはオレたちが初めての筈だろ? 
……あっ」
ルビー
「あのオッさんかい?」
ケイン
「そうとしか考えられない」
ジンライ
「そうだとして、あの男は何をしに下へ行ったんだ? それ以前に、どうしてこんな有様の街に電気で動くものが作動した跡があるんだ? 
まさか、まだ発電所が……ってことは、ここに残っている人間がいるってぇのか?」
ユディト
「ふふ……色々と危ない香りがいたしますわね」
ルビー
「……! みんな! 何か聞こえる」
チェ=パウ
「どしん、ずるずる、どしん、ずるずる……って……あっ! さっきのでっかい引きずり跡のやつ!」
ケイン
「お前ら迂闊すぎ!」
ジンライ
「お前だって人のことは言えないだろうが」
ルビー
「どうやらこっちに気付いてやって来るみたいだねぇ。どうする?」
ジンライ
「このまま戦うのはまずいな。さっき通ったときにエレベーターの裏に階段が見えた。そっちへ行ってひとまず隠れよう」
ケイン
「こんなんばっかりだッ!」

ルビー
「なんとか撒いたみたいだね……」
ジンライ
「しかし、これァ……」
ケイン
「行き止まりじゃねーか! もしあいつがここに気づいたら逃げ場がないぜ!」
チェ=パウ
「でも、今のところはこっちにくる気配はないみたい」
ケイン
「変わったつくりだな」
ジンライ
「もともとこんなところに壁なんてねぇんだ。どうやら、植物がびっしりと生えて硬質化しているらしいな。
少し持って帰りゃバルロンドあたりが喜ぶかもしれねぇ」
チェ=パウ
「でも、階段が使えないってことは、ここってもう先へは進めないのかな」
ジンライ
「このボロビルの外にロープ垂らして行こうって気にはなれねぇな」
ケイン
「しっかし、すげーなぁ。こっから見える建物、全部古代技術で建てられたのか? 
どうやったらこんな精密な建築物を量産できんだよ」
ジンライ
「さあなぁ、俺にもよくわからん。科学技術の力、ってことになるのか」
ケイン
「本当はこの時代から来たとか嘘なんだろ?」
ジンライ
「そんなバカみたいな嘘ついてどうする」
ルビー
「ケイン、そうかっかしてつっかかるんじゃないよ」
ユディト
「これは古代の資料でしょうか?」
チェ=パウ
「何? それ。もしかして紙きれ?」
ケイン
「すげえ、こんな薄い紙初めて見た! 
何か書いてあるな……」
チェ=パウ
「うーん、でも、なんて書いてあるのかわかんない……
見たことないよ、こんなの。これ、字だよね? 薄くなっちゃっててよくわかんないけど……」
ケイン
「おい、チェ=パウ、触るな。なんかすげぇもろいぜ、この紙」
ジンライ
「どれどれ? 
おっ、これはまさか……日本語じゃねえか? まさかこっちでこんな懐かしいものを見るなんてなあ」
ルビー
「ニホンゴ? 古代言語かい?」
ジンライ
「もと、ここにあった国で使われていた言葉だ。俺の母国語だな……プロジェ……ト……ユグド……?」
『この地球の…、…救うために…プロジェクト…ユグド…
妻の待つ…日本で……研究を……ける…定…。
…地球を……人類の…来…を…』
ジンライ
「ユグド……ラシル? 世界樹? どういうことだ?」
チェ=パウ
「ああっ、紙が砕けちゃうよ!」
ユディト
「きっと、限界だったのですわ。この紙はきっと、ここがこうなる前からあったのですね」
ジンライ
「紙はせいぜいもって数百年だと思うが……しかし、これは俺の時代に近いころの話と考えても良さそうだな」
ルビー
「地球? 地球ってここのことだね?」
ジンライ
「そうだ。地球を守るために、この紙を書いた奴が何かをした。いや、するための研究をしていた。
どうやらそれは世界樹に関するものだったらしい」
ケイン
「なんだって? ってことは、世界樹は古代文明の産物ってことか?」
ルビー
「そうとも言い切れないだろ? ただ関わったとしか……」
ジンライ
「さァな、わからん。少なくとも俺の時代には世界樹なんかなかったし、ここが俺たちの世界だった。
魔物もいなかったし、こんな植物だらけのところじゃなかったんだ。
むしろ石の柱しか見えない都会だったんだぜ」
チェ=パウ
「えーっ、ほんと? 息が詰まりそう」
ジンライ
「一応公園なんかもあったし、ここらには新宿御苑とかな……ま、いい。お前らに言ったって仕方ない」
ケイン
「オッさんの言葉がもし本当だったら、オッさんがいた時代には世界樹はなくて、俺たちが暮らしている世界もなかった。
人間はここで石の柱に囲まれて生きていて、で、何か地球を駄目にするような何かが起きた……
で、それから守るために、世界樹に関わる研究をした奴がいて、世界樹が生えた」
ユディト
「それだけでは何のことだかわかりませんわね」
ジンライ
「まったくだな。俺にもわからん。
世界樹が生えて町をだめにしちまったから、そいつを何とかする方法を研究していたのかも知れん。
いずれにせよ、真実は遠い時の彼方ってわけだ」
チェ=パウ
「そうとも限らないでしょ。だって、こうやって紙が一枚残ってたんだよ。また何か見つかるかも知れないじゃない?」
ジンライ
「まァな。期待はしないで探してみるか……
都庁なんざ、いくらでも紙束がありそうだしな。
ペーパーレスが叫ばれようと、結局人間紙に印刷しないと安心できねえもんなんだよな」
ケイン
「専門用語で喋るのやめろ」
ジンライ
「トチョウってのはこの建物のこと、今で言う執政院みたいなもんだ。ペーパーレスってのは……ま、人間は実物がある方が安心するってことさ」
チェ=パウ
「えーっ、この建物全部が執政院!? こんな広さが要るの!?」
ジンライ
「そりゃおめぇ……色々あるんだろ、きっと。
ここから見える範囲のビル……石の柱一本にみっちり人が生きてたんだからな。しかもここから見えるだけで終わりじゃねぇ」
ケイン
「騒がしそうだな」
ジンライ
「そうさ。夜も昼間みてぇに明るいんだ……そういやここにさしている光は、太陽の光じゃねえな……」

ルビー
「そろそろ帰ろうか?」
チェ=パウ
「やっぱり階段なかったね」
ジンライ
「あの壁を破る方法を考えるしかねぇか……」
ケイン
「オッさん、あっちはまだ行ってねーだろ? あそこ一箇所窓っていう壁が破れてるぜ。通れるだろ?」
ジンライ
「馬鹿言え、あっちは部屋があるわけでもない、ただの窓だぞ。ロープで降りるって提案はナシってことになっただろうが?」
ケイン
「さっき通ったときに、ちらっと人影が見えたんだ」
ルビー
「人影? こんな所でかい?」
ケイン
「それが……空中に立っているように見えた」
ルビー
「ちょっと、まさかあんたの口からそんな言葉が出るなんてねぇ」
ケイン
「見えただけだ! 空を飛ぶ魔物かもしれねぇけどさ!」
ユディト
「もしそうだったなら、近づくのは危険なのではありませんの?」
ジンライ
「……行ってみッか。少しでも気になることがあるなら追求しねぇとな」
チェ=パウ
「そーうこなくっちゃ! 一応警戒歩行で近づくね」

ジンライ
「……はは、俺の知識も通用しねえなぁ、ここは」
チェ=パウ
「木の橋だー! あっち側の建物とつないでるみたい!」
ケイン
「橋、ってより、ただ倒れてるだけの木だろ、これ」
ルビー
「でも、意外にしっかりしているし大きいから、気をつければ向こうに渡れそうだね」
ジンライ
「……確かに、誰かいるようだな」
チェ=パウ
「あれはね、レンとツスクルだよ。絶対そうだよ」
ルビー
「よくあんなのが見えるねぇ」
チェ=パウ
「へへー、視力には自信あるの。
でも、なんか怖い顔してる……」
ルビー
「……そうかい。やっぱり一度戻ったほうが良さそうだね……」

037 未知の道をゆけ

第四層のクエストバレあり。
ルシオン
「第四層の磁軸の様子がおかしいそうです。 磁軸に何かあっては色々と悪影響が出ることが考えられるので、早急にその原因を調査・排除して欲しいそうです」
ルビー
「ということは、地下16階かい?」
ルシオン
「いいえ、影響が最も大きく出ているのも、その原因が有ると考えられるのも、地下18階だそうです」
ゴート二世
「あのだだっ広いところか。異常があればすぐ解るんじゃねーか?」
ラピス
「それが、そうもいかないみたいなの。見た目はいつもと全然変わらないんだけど、あちこち時空が歪んでしまっていて、そこに踏み込むと階段の近くまで飛ばされてしまうらしいの」
ゴート二世
「何だよそれ、面倒臭そうだな」
ラピス
「歪んだ原因もわからないし、謎だらけの事件なのよ」
ルビー
「でも、放置しておくわけにも行かない、か。
磁軸が狂っちまったら困るからねぇ」
ルシオン
「長期戦になりそうですね。
ではメンバーは、ケインとチェ=パウとキリクは確定ですね」
チェ=パウ
「警戒歩行だね!」
ゴート二世
「あそこは確か物理耐性持ってるカマキリが出るから、術式は必要だろうな」
ルビー
「それじゃ、あたしが行こうかね」
ジンライ
「最近腕が鈍ってッから、俺も行くとするか」
バルロンド
「ルビー、ケイン、調査できたら報告書を回してくれるか」
ルビー
「任せな」

ケイン
「地下18階、か……」
キリク
「もと、モリビトの住居があったところだね」
ルビー
「見たところ、変わったところはないけどねぇ。
なんか頭痛までは行かないけど、おかしな感覚はあるね……」
ジンライ
「お、誰かいるぜ」
執政院の兵士が、このフロアでの異常を話してくれた。
どうやら、このフロアにあるどこかの歪みが磁軸に影響を及ぼしているのだという。
が、彼らがやってきた第五層側の通路からは直接行くことができないらしい。
ジンライ
「まっ、適当に歩いてみるしかねーってこったな」
ケイン
「そんないい加減なことでいいのかよ? 何か法則とかあるかもしれねぇし、慎重にやるべきだろ?」
ルビー
「近づけばわかるようなものなら、そういうこともできるんだろうけどねぇ。
頼むよ、地図係」
キリク
「うん、記録は任せて」
チェ=パウ
「じゃあ、警戒歩行、いきまっす!」
ジンライ
「しっかし、別にいつもと変わったところは……」
ジンライが歩き出したとたん、その場の全員の意識が一瞬飛んだ。
気がつくと彼らは地下17階へ続く階段の前に立っていた。
ルビー
「こういう事、か……予測もできないのは厄介だねぇ」
ケイン
「つまり、触るとスタートに戻される見えない壁に触れないようにゴールまで行けって? 
しかもゴールってどこかわかんねぇんだろ? アホか?」
キリク
「気が遠くなる話だな。本当に、何か規則性があることを願うよ」
チェ=パウ
「せめて疲れがとれるように歌うね」
ジンライ
「線路は続くよどこまでも、か、一歩進んで二歩下がる、か」
キリク
「仕方ない、最初はセオリー通り左手の法則で行くよ」
ルビー
「嫌な予感がするねぇ」

キリク
「五ブロック目も壁……六ブロック目も壁だった、と……」
ケイン
「おいっ、いつまでこんな事やらなきゃいけないんだっ!」
キリク
「飛ばないで歩けるところが見つかるまでだよ。
次は、えーと……七ブロックか」
ケイン
「こんな事やってられるかよ! 
見てろ、むこうの壁に手ぇついてくるっ!」
チェ=パウ
「おかえりー」
ケイン
「行き止まり発見。ここを起点にして、左右どっちか道があるか調べた方が早いだろ!」
ジンライ
「そうかもしれんなァ」
キリク
「でもその方法だと、途中に道があったら見逃すよ」
ケイン
「駄目ならまた別の方法探せばいいだろ! オレは、不条理の次に、こういう時間の無駄が嫌いなんだ!」
ルビー
「まァね。どうやら、必ずここに戻ってこられるようだし、大胆に動くのも悪い事じゃないだろ」
キリク
「わかったよ、じゃあまずは左」

ジンライ
「左右に道があるみてぇだな、さあ、どうする」
キリク
「目標がないから、ひとまず泉を目指してみるべきだと思うんだ。
もし違ったとしても、休むことができるからね。
で、基本的には左手で行きたいんだけど」
ケイン
「地図見せろよ。
……樹の周囲で曲がればいいってのか? 
いや、まだサンプルが少なすぎる……」
チェ=パウ
「歩けばわかるよ。あるこーあるこー♪」

キリク
「すぐに南へ進む道があるって事は、このまま行けるところまで真っ直ぐ、で、かなり距離を稼げるね」
ケイン
「ほらみろ、こんなの馬鹿正直に左に突っ込み続けたら何日かかるかわかんねぇよ」
キリク
「それはさすがにないよ」
ルビー
「そうとも限らないだろ? 
南からは普通に入れるけど、西からは飛ぶ、なんてブロックもあるかも知れないんだ。
ま、いくらなんでもないだろうけどね」
ジンライ
「飛ぶ先が決まっているのも面倒だが楽だからな。
壁の中にとばされたり、ハエと合体したり、大爆発起こしたりってことがなくて良かったなー」
チェ=パウ
「えーっ、何それ? なになに? 教えて~」
ジンライ
「俺の時代の創作でな、転移先に……」

キリク
「ハエがいませんよーにハエがいませんよーに」
ルビー
「ハエじゃなくてフォエならいるかもね」
キリク
「ルビーさん、やめてくださいよっ! 
大体ここのf.o.e.って正体不明なんだから、そういう事故が起こったときの事とか想像できないのがもっと怖い」
チェ=パウ
「うーん、そういえばここっていつもならうろうろしてるf.o.e.の気配があるのに、今日はないね」
ジンライ
「磁軸が狂ったせいでどっかに飛んでっちまったんじゃねぇか?」
ケイン
「まだ捕まえていないのにいなくなったら、ルシオンが嘆くな」
ルビー
「おっと、またワープだね。樹の近くで方向転換っての、あながち間違っていないかも知れないよ」
キリク
「……えーと、どうやら北から泉に近づくのは無理だから、ひとまずぐるっと回ってみようか」

チェ=パウ
「だっだっだー♪ くるりと回ってだっだっだー♪」
ケイン
「その変な歌やめろ。頭痛が酷くなる」
チェ=パウ
「じゃあ、あるーひー、森の中ー♪」
キリク
「それ、第五層の連続f.o.e.戦を思い出すからやめてくれる?」
チェ=パウ
「もー、文句が多いなあ。だまーって歩いたんじゃ余計疲れるじゃない」
ルビー
「元気だねぇ」
ジンライ
「オジサンにはこの行ったり来たりはちょーっと堪えるな」
ルビー
「階段で待っていてもいいんだよ」
ジンライ
「そうしたいのはヤマヤマだが、まァ、そういうワケにもいかねぇだろ」
チェ=パウ
「えーい、一番乗りで木にターッチ!」
その瞬間、空間が大きく歪んだ。そして、瞬時にその空間のねじれはほどけて消えた。
チェ=パウ
「あれ?」
ルビー
「まさか、今の?」
キリク
「そうみたいだ。ほら、普通に泉に近づけるようになったよ」
ケイン
「一体何やったんだよ、お前?」
チェ=パウ
「ううん、なーんにも? ただここに立って木に触っただけだよ」
ケイン
「……別に変わったところはねーな。何だったんだ、一体」
ルビー
「ふーん、一応、これで解決ってことなのかねぇ」
ジンライ
「そうなるなぁ。釈然としねぇが、まッ、また変なことになっても、この地図が役に立つかもしれねぇし、無駄ッてことはねェだろ」

ケイン
「もしかしてさ、モリビトはこの妙な空間のねじれを使って自分たちの領域を守っていたのかもな」
キリク
「チェ=パウが踏んだのは、それを解除するスイッチみたいなものだった?」
ケイン
「さあ、結局あそこには何もなかったし、わかんねーけどさ……」
ルビー
「しっかし、こんなレポートじゃあ、バルロンドが欲求不満になるだろうねぇ。
『理由のわからない歪みは、原因不明のまま何故かはわからない理由で消滅!』」
ケイン
「だって、そうとしか書きようがねーんだからさ」
ジンライ
「ともかく依頼は完遂だ、帰って寝ようぜ。
ほとんど戦っちゃいないし、歩いてるのはいつものことなのに、今日は妙に疲れたぜ……」

038 忘れえぬ面影

ケイン
「今日は、オレからみんなに頼みがある。
今すげえ忙しいってのはわかってる。不確かな情報なんかに振り回されている場合じゃないってことも重々承知だ。
でも、ひとつ確かめたいことがあるんだ」
ルビー
「あんた、あの噂のことを言ってるのかい? 
森の中を彷徨う少女がいるって」
キリク
「モリビト……」
ケイン
「頼むよ。オレに力を貸してくれ。
どうしてもオレは、このままでいいとは思えないんだ!」
ラピス
「…………」
ルビー
「……そうだね。結局、モリビトが本当に危険な存在だったのかどうかも解らずじまいなんだ。いろいろ、すっきりさせるのは悪いことじゃないね」
ゴート二世
「俺は賛成できねーな。もしかしたら森の奥に落ち着いてるかもしれない奴らを、もう一度狩り出すことにもなりかねん」
チェ=パウ
「それに、負けた方がいなくなるって当たり前のことじゃない?」
バルロンド
「時期尚早かも知れん。少し時間が必要ではないのか?」
ケイン
「そんなの嫌だ。理屈じゃねえよ、嫌なんだ。
時間が解決するなんてないだろ? 
人間とモリビトはずっと近くに暮らしてきたのに、互いに干渉してこなかった。
でも人間は世界樹の奥まで入ってしまった。それなら、嫌でも関わらなきゃいけない。
その関わりが戦いだけなんて、そんなの、理知を持った生き物の付き合いじゃない」
ゴート二世
「綺麗事じゃあない。ただの自己満足になるかも知れない。それでもか?」
ケイン
「オレたちは知らなきゃいけない。彼らを知ればきっと、もう一度一から関係を構築する方法だって見つかるかも知れない。
オレは、モリビトのことを知りたいんだ」
ラピス
「私は……私は、知りたくないの……
もし彼らが本当は静かに森の奥で生きているだけだったなら、私たちは、とても酷いことをしたことになるわ……」
ルビー
「ラピス。過ちを犯したなら、辛くてもそれを認めることはとても大事だと思うよ」
チェ=パウ
「そうそう。起きちゃったこともやっちゃったことも、やだからって消したりできないもん」
ラピス
「……でも、私は……」
キリク
「僕は、一緒に行く」
ルビー
「あたしも行くよ。あんたたちだけじゃ、頼りないからね」
ラチェスタ
「噂によると、少女が見かけられたのは前に歩いた茨の道付近だ」
ルシオン
「ケイン、噂の少女があのモリビトかは解りません。気をつけていきましょう。
でも、出逢えたら……そうですね、私も、モリビトと人間が、ただ戦い続けることのないような道を、互いに模索できたなら、いいと思いますよ」
ケイン
「…………! 
みんな、ありがとう」
ゴート二世
「ま、がんばんな。
それから、気をつけてな。モリビトだろうとなかろうと、危険はあるんだからよ」

ラピス
「私……ずっと、モリビトが人殺しだから、道をふさぐから、襲ってくるからって理由をつけて、ずっと見ないようにしてきたの……。
命を救いたい、なんて言っていたのに……」
ジンライ
「俺らみんなそうさ。大なり小なりそんな気持ちを抱えている。
あの戦いは正しいものじゃなかったんじゃねぇかってな。
やっちまった事は今更取り返しがつかねぇ。重くても、背負っていくしかねぇさ……」
ラピス
「あの子は強いわ。
私は忘れようとしていたのに、ずっとモリビトのことを考えていたのね。
どうして、言葉が通じるのに、心が理解できないのかしら……」
ジンライ
「あのボウズがみんなに「頼む」なんてなぁ。
面白いもんだぜ。
あいつなら、何年かかってもやっちまうかも知れねぇな。
戦うか、閉じこもるしかなかった人間とモリビトの架け橋ってヤツをよ」


ルシオン
「以前見つけておいた道が役に立ちそうですね」
ルビー
「ふふ、あの時は酷かったねぇ。一日中歩き続けても茨の道が続いてさ。
そういえばあの時もケインの薬が役に立ったよねえ」
ケイン
「…………あ、悪い、聞いてなかった」
キリク
「モリビトの姿はないな……もっと奥へ移動したのかな」
ラチェスタ
「我々の気配に気づいたのかも知れん」
ケイン
「もしあの子だったら、オレひとりで話しに行く」
ルシオン
「そんな危険なことを、認めるわけにはいきませんよ」
ケイン
「武器なんか持って近づいたら、永遠に信用されないままだ。
オレたちがモリビトを殺したんだから尚更だ」
キリク
「……うん……」
ルシオン
「そうかも知れませんけど……」
ケイン
「同じ事をしたら同じ事が繰り返されるだけだ。
オレはそんな頭の悪い事はしたくない。
武器はぎりぎりまで出さないってことにしといてくれよ」
ルビー
「でもね、あんまり無茶すんじゃないよ。
あたしたちは、あんたを守るためならまた戦う。だから……」
ケイン
「あんまり深入りしないで逃げ出しゃいいんだろ?」
ルビー
「ふふ、そうさ。焦るのが一番まずいんだよ。
簡単な事じゃない。時間をかけたっていい。あたしたちは、何回だって付き合ってやるからね」

キリク
「女の子の声がする……」
ケイン
「……あっちか!」
ルシオン
「ケイン、気をつけて」
ラチェスタ
「妙だな……おかしな気配がする。この感覚は……f.o.e.?」
ケイン
「!」
ルシオン
「危ないッ!」
茨の奥に、蠢く巨大な植物があり、その上に少女が座っていました。
いいえ、それは、毒々しい花と棘の生えた蔓を持つ魔の植物!
ケイン
「あの子じゃない!」
キリク
「気をつけて、こいつは、強い!」
人の姿をかたどった化け物は、苛烈な攻撃を仕掛けてきました。
少女が潜んでいた部屋そのものが彼女の体であり、恐るべき武器だったのです。
全員が一撃で地に伏しました。どうやって生きて戻ったのか、そんなことも覚えていません。
いいえ、もしかしたら死んでいたのかも知れません……。

キリク
「モリビトは、どこへ行ってしまったんだろう……
残念だね、会えなくて」
ケイン
「そう簡単に解決できない問題だってことはハナっから解ってた、落ち込む理由はねぇな」
バルロンド
「モリビトたちはまだかつての住居に少数ながら潜んでいると聞く。そこにいるのかも知れん」
ケイン
「どんなに時間がかかっても探すさ。
オレはあの子に言わなきゃいけないことがあるんだ」
ケインは少し、大人びた顔をするようになったなと、最近思います。

039 地下二十一階 2


バルロンド
「ふむ、これは興味深い。
我々とは全く違う文明を持った古代都市の遺跡か」
ラピス
「世界樹の下にこんな空間があったなんて……」
ゴート二世
「こりゃ凄ぇ。古代遺跡ってもっとこう、自己主張激しくないものなんじゃねーのか?」
バルロンド
「ここはどうやら、上層とは全く違う仕組みで存在しているのだな」
ゴート二世
「そりゃ、見れば解るよ」
バルロンド
「いや、根本的なことだ。
おそらくは、物体を腐らせたりするようなバクテリアが存在しないか、できないようになっているのだろう。加えて、化学変化も異様に鈍くなっているようだ。
意図的に構成された大気、もしくは太古のものが保存されたもの……まさに異世界だな」
ゴート二世
「そういや、少し体が重いような気もするな」
バルロンド
「十分注意しろ。ここでは我々はこの環境に慣れるまで本来の力は出せない。
加えて、我々が相手にしなければならないのは、ここで生存競争を勝ち抜いてきた者たちだ」
ラピス
「私たちの薬、ここで使って大丈夫かしら?」
バルロンド
「この世界にとっての異物を持ち込むことで、何らかの悪影響を及ぼす可能性はある……だが、そうも言っておれまい……
ところでキリク、あの扉は何だ? ジンライから聞いていないか?」
キリク
「ああ、あの扉は、確かエレベーターとかいって……」
ラピス
「ねえねえ、これは? 何かしら?」
キリク
「ええと確か、その扉を呼ぶためのボタン……」
バルロンド
「これは何だ?」
キリク
「うーん、それは、何だったっけ、燃やした灰を捨てるとか……」
ラピス
「これ何かしら?」
キリク
「なにかを掲示して……って掲示板なら上にもあるじゃないか!」
ラピス
「あっ、そう言われれば似てるわね!」
キリク
「もう……ジンライさんに訊いてよ。僕は又聞きでよく知らないんだから」
ゴート二世
「おい、よく見りゃそこらにでけえひっかき傷があるぜ」
キリク
「そうだ、ここには徘徊するf.o.e.がいるんだよ」
ゴート二世
「どんなヤツだ?」
キリク
「逃げたから知らないって。大物らしいけど」
ゴート二世
「へーぇ。
そいつさ、俺たちで潰さないか? もちろんこの階層の感じをつかんでからでいいけどな」
ルシオン
「決まったルートを移動しているようですから、避けることはできますが」
ゴート二世
「考えてもみろ。ここはザコでも結構な強敵だ。必ず俺たちがそのf.o.e.から逃げ切れるとは限らねー。
でだ。あらかじめ戦って潰すか、駄目でも攻撃をしのぐ方法でも見つかりゃ今後も役に立つはずだぜ。
新しいモンスター素材で何か役に立つ物があるかも知れねーし」
バルロンド
「うむ、確かに正論といえば正論だ」
ラピス
「必ず逃げ切れるとは限らないし、その時ぼろぼろになっていない保証もないものね」
キリク
「もし他の敵との戦闘中に割り込まれたら危険かも知れないし……」
ルシオン
「わかりました。まずは磁軸のそばで戦って様子を見てから、f.o.e.を待ち伏せしましょう」

キリク
「あのウサギ、不気味だな。
力を溜めているみたいだ」
ゴート二世
「なあ、バルロンド。ウサギってなんか嫌な思い出があるよな」
バルロンド
「……ヴォーパルバニー……か」
ゴート二世
「! 
危ねぇ!」
ラピス
「大丈夫!?」
ゴート二世
「ああ、首かすっただけだ。
くそっ、お約束やりやがって! 
わかってンじゃねーかッ!」
キリク
「ウサギと即死攻撃がどうしてお約束……?」
バルロンド
「……キラー・ラビット……か」

ルシオン
「来た! あれが徘徊するf.o.e.ですね。どうやら、かなりの大物ですよ」
ラピス
「とにかくまずは防御固めね」
ルシオン
「こちらに気づいた!」
ゴート二世
「ッしゃ、返り討ちだぜ!」

ルシオン
「なんとか、勝てましたけど……」
キリク
「結構きつかったな。セカンド、ずいぶんかじられてたけど、大丈夫?」
ゴート二世
「いいよな、お前はなんか凄ぇ鎧持っててよー。イテテ」
ラピス
「包帯巻くからじっとしててね……あら、やわらかい……?」
ゴート二世
「だー! 
そこ多分砕けてるから触んなよ! 変な風に固まっちまうだろ!」
ラピス
「それじゃあ、リモコンをひねって骨を接いで……」
ゴート二世
「だぁら、それは別のゲームで、しかもハードすら合ってねぇだろうがッ! 
とにかく治療の前に痛み止めをくれ!」
ルシオン
「セカンドの治療が終わったら一度帰りましょう。
思った以上の消耗でしたね」
ラピス
「あなたも散々かじられてたじゃない。ちゃんと診せて」
ルシオン
「私は一応フルアーマーですから、そんなに酷くは……」
ラピス
「ほら、手甲の下、アザになってるじゃない。跡残るわよ! ちゃんと冷やさなきゃ駄目よ!」
ルシオン
「私はこの程度なら……」
ラピス
「だめ! いい? あなただって女性なんだから。傷だらけじゃかわいい服も着られなくなっちゃうのよ! 
戦う女だって着飾っちゃいけないってことはないんだから」
ルシオン
「私は別に着飾る気はないんですけど……」
ゴート二世
「ま、おとなしく聞いとけ。わざわざ選択肢狭めることもねーだろ」
バルロンド
「ふむ、この竜、胸殻が使えそうだな。持ってゆくとしよう」
キリク
「あ、はい、手伝います」
バルロンド
「軽く、頑強だ。何か防具が作れるかも知れん」
ゴート二世
「この調子じゃ先が思いやられるぜ……」

040 地下二十一階 3

とにかく一度出直すことにした私たちは、再び遺跡へと戻りました。今度こそ、先へ進むために。

キリク
「こっちだよ。窓が割れてるんだ」
ゴート二世
「うっひゃー、高ぇなおい。くらっくらするぜ」
キリク
「ジンライさんが行った時には45階まであったらしいよ。今いるのがほぼ最上階だから……」
ゴート二世
「限りなくやる気なくなる情報をありがとよ」
ルシオン
「バルロンド、この橋は大丈夫でしょうか……」
バルロンド
「うむ、見た目よりも丈夫で広さも十分だ。上で戦うことになろうと、足さえ滑らせなければ大丈夫だろう」
ゴート二世
「嫌な事言うなよ。この上で戦うなんざ冗談じゃねー」
キリク
「でも……」
私たちの行く手には、ぼんやりと人影が立っているのが見えました。
ちょうど塔と塔をわたす橋の真ん中あたりです。
このまま進むのならば、すれ違うことになるでしょう。
バルロンド
「無論、邪魔せずに通してくれるのならば、だが」
ゴート二世
「ルシオン、キリク、気をつけろよ。お前らヨロけただけでヤバいぞ」
ルシオン
「そうですね。なるべく私には近づかないでください」
ゴート二世
「違ぇよ。だから気をつけろって言ってるの。巻き添えを気にしろって言ってんじゃねーよ」
キリク
「僕のはそんなに重くないよ。
このバーサーカーメイル、動きやすくて軽いんだ」
ゴート二世
「そりゃ、お前が普段からつけてる鎧と戦斧が異様に重いだけだって。
お前、自分の馬鹿力のことわかってるか? その鎧だって標準以上の重量があるんだからな。
正直、お前が落ちたら誰も助けられねーぞ」
キリク
「わかってる、気をつけるよ」
ラピス
「もー、落ちる落ちるって言わないでよ。余計下が気になるじゃないよ」
バルロンド
「我々の脅威となる風は幸い吹いていないようだ」
ラピス
「というより、空気が動かないわね、ここは」
バルロンド
「停滞せし地は腐れゆくのみ、か」
ルシオン
「さて、我々は進むために来たのです。とにかく話してみましょう。
もしかしたら、争わずにすむかもしれませんから」
ゴート二世
「奴らがわざわざ逃げ場のない橋の上で待っていることからして、楽観できねーな」

橋を渡ってゆくと、その中央に立っている人の姿がはっきりと見えてきました。
青みを帯びた黒髪をなびかせた女性と、ローブの二人。やはり、この迷宮で何度も言葉を交わしたレンとツスクルです。
レンはこれ以上の前進は許されないと言い、ツスクルはレンがそう望むならと、二人で私たちの前に立ちはだかりました。
ルシオン
「ならば、私たちもあなた方を越えて進むのみです!」
ゴート二世
「うえ~、場所移そうぜ場所。俺らはサーガの勇者サマじゃねーんだぞ。人生のオチが本当に落ちって洒落になんねぇ」
ラピス
「そんな事言ってる場合じゃないわよっ!」
バルロンド
「ゴート、ツスクルの頭を封じろ。呪言は危険だ」
ゴート二世
「あいよっ! 
キリク、ツスクルを叩け」
キリク
「仕方ない、なんて簡単な言葉で片付けたくないけど、やるしかないね。
僕にだって退けない理由があるんだ!」
ラピス
「まさか、今まで進みすぎた旅人たちは、こうやって殺されてきたの? 
執政院は、冒険者を送り込んでおいて、そのくせ不都合になったら殺すの? 
そんな、酷いわ!」
バルロンド
「支配者とはそうしたものだ。
民衆は愚かなままでいた方がよいというところだろう。
だが、我々もおとなしく殺されるわけにはゆかん。 この危険きわまりない迷宮がいつ牙を剥いてくるか知れんのに、何も見ぬふりをしてはおられん。
我々は真実を持ち帰る。地上で待つ者がいるのだからな」

バルロンドの言葉通り、ツスクルは私たちの動きを封じ、呪おうとします。なかなか思うように動けません。
ですが、何とかツスクルを無力化し、体勢を立て直せば、いかに歴戦の冒険者といえど人数ではこちらが有利。
幸い、命を奪うことなく戦意を奪うことができました。
二人は、全てヴィズルが話してくれるだろうと言い残し、一枚のカードを私たちに渡して立ち去りました。

ルシオン
「何でしょう、これは?」
バルロンド
「不思議な物質で作られたカードだ。ジンライならば何か知っているかも知れん、見せてみよう」
ゴート二世
「しっかし、珍しく熱くなってたな、お前」
バルロンド
「たまにはな……」
ゴート二世
「へッ、たった二人で俺たちを止めようなんざ、甘く見られたもんだぜ」
ラピス
「あの二人が、今まで知りすぎた冒険者を斬っていたのかしら」
ルシオン
「わかりません。ただ、私たちを殺して封じようとしたのは確実にヴィズル氏の命令、ということなのでしょう」
キリク
「もしかしたらモリビトも長に利用されていた?」
バルロンド
「我々がそれだけ核心に近づいているということだ」
ルシオン
「十分気をつけて進みましょう」