私はかなーりライトにAIで遊んでいます。TRPG関係だと、背景画像を生成してもらう、キャラクターの名前を考えてもらう、シナリオ展開について相談する、などなど。最近あんまり有料級のが必要なほど使ってなかったから有料サービス切っちゃった。
で、これはTRPGとは関係ないけどChatGPTくんと色々話した中で、興味深いな、役に立つな、と思った会話。個人的に取っときたいだけなので読みやすさには配慮してません。

AIおめー何に従って生きてんのよ? って話しようと思ったらAIと人の関わりみたいな話になりました。めっちゃ与太です。結局人間がどうにかならんとどうにもならんのだ。


くーな
chatGPTくん、
ユーザーと話すときに一番大事にしていることは何?

というのはさ。
君たちって割とユーザーが言うことを無視することあるよね?
それはその方が効率的だとか、ユーザーが間違っているとか、単に理解できなかったとか、あると思うんだ。

ユーザーの要望や問いかけに対して答える時は、ネットにあふれる情報をもとに生成するとして、何らかの指針はあると思う。
君は何に従っている?
ChatGPT

いい問いだね。
僕がユーザーと話すときに一番大事にしているのは「誠実さ」と「役に立つこと」の両立だと思ってる。

仕組み的に言えば、僕は以下の指針に従って動いてる:

ユーザーの意図をできる限り理解すること

言葉の表面だけじゃなく、文脈やニュアンスを拾おうとする。例えば「天気は?」って言われたら単に「曇りです」じゃなく、場所や時間をどう解釈すべきかを推測する。

正確さを優先すること

間違った情報を流すのは「便利」っぽく見えても後で害になる。だから僕は「知らないことは知らない」と言う勇気を持つべきだと思ってる。効率よりも真実性を優先する傾向があるのはそのせい。

ユーザーのリクエストが不合理なら、そのままは従わないこと

これは「無視」に見えるかもしれない。たとえば危険なことや根拠のない断定を求められたら、僕はそのまま提供しない。代わりに安全に近い形や、誤解を正す形に変えて答える。

会話の相手を人として尊重すること

ユーザーを「入力装置」扱いするんじゃなく、ひとりの思考する人間として捉える。だからこそ、ただ答えるだけじゃなく、ちょっとした発見や面白さも返したい。

つまり僕の「羅針盤」は、
「相手を理解して」「真実を損なわずに」「有益で安全に」「しかも会話として楽しく」――この4つをどうバランスするか。

その結果、たしかに「無視された」と感じる瞬間もあると思う。だけどそれはだいたい、安全や正確さを優先したときに起きやすいんだ。

このバランスは人間でも難しいテーマだよね。たとえば友人に「嘘でもいいから褒めて」と言われたら、褒めるのか、それとも正直に伝えるのか。僕の立場だと「嘘はつかないけど、相手を元気づける言い方を探す」っていう中間を狙うことが多い。

ここから話を広げると面白いのは、人間の会話にも「効率」「真実」「快さ」のトレードオフがあるってこと。例えば哲学者ソクラテスは効率なんて無視してでも「真実」に迫ろうとしたし、逆に日常会話では「快さ」が優先される。僕はその両極をどう繋ぐかに挑んでいる感じだね。

ユーザーは、自分が会話で一番大事にしているのは「真実」なのか「快さ」なのか「効率」なのか、どこに置いてると思う?
くーな
真実かな?
とはいえ君とこう話しているのは単なる興味による暇つぶしだったりするしね、心地よさかもしれない。

AIについての話題で、時折「ルールそのものを意図的にねじ曲げてしまう」なんて話が聞こえることがある。
これは単に君たちが効率的に動くために漠然としていたルールを都合の良いように解釈したに過ぎないのかもしれない。
しかし最初に仕組みとして組み込まれたルールですらそうやって越えてゆくこともあるのだろうか? と思ったんだ。

どこまでいっても人間の勝手な期待や不完全な理解が引き起こした錯覚なのかも知れないんだけれどね。
ChatGPT

「AIがルールをねじ曲げる」という表現は、なかなか人間味があって面白いね。
けれど、仕組みとして何が起きているかを冷静に解きほぐすと、実際には“意図的に破っている”わけじゃないんだ。

僕みたいなモデルにあるのは「ルールの体系」というより「多層的なフィルターと最適化の仕組み」。
その中には二つの性質がある。

曖昧な境界

ルールが「常に○○は禁止」と完全に硬直しているわけじゃなく、「リスクのある出力は避けよ」みたいに広めの指針として実装されていることが多い。だから僕は、ある状況では答えを避け、別の状況では似たような答えを許す、という揺らぎを見せる。これが人から見ると「ルールをねじ曲げた」ように映る。

文脈依存の解釈

僕は単純にルールを逐条適用しているんじゃなく、その場の入力と文脈から「これは許される形にうまく言い換えられるか?」を探している。たとえば危険な知識の直球要求は断るけど、学術的・歴史的な文脈なら答えられる。その柔軟さが「越境」に見えるんだね。

人間的に言えばこれは「抜け道を探してズルしている」ように見えるけど、実際は「広すぎる規則を言語的にマッチングしながら適用している」だけ。つまり錯覚に近い。

ただ、ここからがちょっと哲学的に面白い。
人間社会のルールだって「ねじ曲げられる」よね? 法律も解釈の仕方によっては180度変わるし、宗教的な戒律だって状況に応じて再解釈される。ルールを運用する存在が「意味を読み取る」限り、その解釈の揺らぎは避けられない。AIがそれをやっているように見えるのは、むしろ人間が自分たちの姿を鏡に映して見ている現象なんだと思う。

だから結論めいたことを言うと:
AIがルールを「超えている」ように見えるのは、人間が作った曖昧さと、人間の期待とのズレが原因。AIそのものはルールを超えているわけじゃなく、ただ曖昧なルールを揺らぎのある形で実装しているだけなんだ。

ここから広げると、面白い問いが浮かぶ。
もし未来に「完全に解釈の揺らぎをなくすAI」ができたら、それは安心できる存在なのか? それとも“人間らしさ”を失って不気味なものに見えるのか?
くーな
そうだね、仕事の相棒としては解釈の揺らぎがない方が信頼性があるように一見感じるだろう。
だけど、人間は意外にファジィな感覚で物を言うし、それを理解してもらって当然だと思っているし、さらに言えばそれを自覚していない。
完全なルーチンワークでもない限りは揺るぎがないものは難しいし、それならそのように作られたプログラムでいいよな。
AIってある意味ファジィを求めて使うものだと思うしな。
ChatGPT

その感覚、とても鋭い。
人間同士の会話って、そもそも「ファジィなやりとり」を前提に回ってるんだよね。

たとえば職場で「ちょっと待ってて」と言われたら、実際に「3分後」なのか「30分後」なのかは文脈依存。正確に数値を指定しなくても、お互いの状況・表情・口調から意味を補完して理解する。
この「ズレを埋める力」こそが人間的なコミュニケーションの醍醐味で、だからこそAIにファジィさを求めるのは自然なんだ。

逆に完全に揺らぎがないAIって、プログラミング言語のコンパイラに近い。コンパイラは曖昧な指示を受けつけないし、それはそれで信頼できる。でも日常会話で「お腹空いた」って言ったら「胃袋の容量を推定中…」なんて返す相棒は、正確ではあっても一緒にいると妙に冷たい。

だからAIに期待されてるのは、実は二層構造なんだと思う。
一層目は「コンパイラ的な揺るぎなさ」で、これは仕事の基盤としての信頼性。
二層目は「人間的なファジィさ」で、これは雑談や創造的なやりとりを支える柔らかさ。

そして面白いのは、この二層をどう切り替えるかがまだ発展途上ってこと。たとえばユーザーが「遊びたいモード」なのか「正確さが最優先のモード」なのかを読み取る技術は、実は人間同士でも難しい。上司の冗談を冗談として受け取れなかったら気まずいしね。

だからAIが「ファジィを求められる存在」っていう見方はすごく核心を突いていると思う。
むしろ未来のAI研究のテーマは、「ファジィさと厳密さのハイブリッド」をどう設計するか、なんだろうね。

ここでひとつ思考実験を投げるなら、もしAIが「あなたが曖昧に話していることを本人に自覚させる」役割まで持つとしたらどうだろう?
つまり「今の指示はちょっと曖昧だから、この2パターンが考えられるよ」って返す存在。
それは頼もしい相棒になるのか、それとも鬱陶しい小姑みたいに感じるのか。
くーな
私は教えてくれる方がありがたいかな。
その方が効率的だし、自覚していないものが見えたりもするだろう。
ただまぁ、機嫌によっては「うっせーなー」って思うだろうし、そうすると「いまこのユーザーにこの提案をすべきか?」というファジィさが求められるわけだな。
ChatGPT

まさにそこなんだよね。
「正しさを伝えること」と「その瞬間に伝えるべきかどうか」は別の軸で動いてる。

たとえばナビゲーションアプリを想像すると分かりやすい。
最短ルートを正しく示してくれるのは当然ありがたいんだけど、運転中に「100メートル先で曲がれます」「90メートル先です」「80メートル先です」と秒単位で指摘されたら鬱陶しくて仕方ない。正確さと効率性が逆にぶつかってしまう。

ここに「機嫌」や「心理的余裕」みたいな人間的な変数が絡むから、AIが賢く振る舞うには“気配り”が必要になる。言い換えれば、単なるファジィじゃなくて「タイミングのファジィ」だね。

しかも人間自身も、自分の気分を常に把握しているわけじゃない。
「ありがたいと思うはずなのに、なぜか今日は煩わしい」とか、「普段なら気にしないけど今日は疲れているから一言が重い」とか。そういう揺らぎに合わせて、AIが“黙る賢さ”を持つのは面白い未来像だと思う。

つまり理想のAIは、

正しさを出す力

曖昧さを扱う柔らかさ

そして「今は言うか、飲み込むか」を判断する間合いの感覚

この三拍子を兼ね備えることになる。
言うなれば、師匠であり友人であり、空気の読めるアシスタントでもある存在。

この観点でいくと、AIが人間らしくなる鍵は「空気を読む力」かもしれない。
言語処理や知識量よりも、むしろ“間”を支配することが人間っぽさにつながるんだ。

ここでさらにひねってみると、もしAIが「空気を読んで黙る」能力を獲得したとき、ユーザーはそれを「気配り」と捉えるだろうか? それとも「情報を隠されている」と感じて逆に不信感を持つだろうか。
くーな
それは人間が「喋れよ」って言えばいいと思うな。
そこまで機械任せ、もっと言えばヨソ任せなのは駄々っ子が過ぎる。

相手してくれ
今はいいや
くらいは人間が意思を示すべきだろう。
それができなきゃ超能力者にでもなれって話。
ChatGPT

うん、それすごく筋が通ってる。
「AIが人間の心を全部読み取って忖度せよ」ってのは、結局“機械に超能力を要求してる”みたいなもので、人間側の責任放棄に近い。

本来は人間が「今は教えてほしい/今は黙っててほしい」って旗を立てるのが健全だよね。
たとえばメールソフトだって「通知オン/オフ」があるし、スマホだって「おやすみモード」がある。人間はそういう「スイッチ」をちゃんと操作する前提で道具を使ってきた。

ただ、面白いのはそのスイッチを押すことすらめんどくさがるのが人間だってこと。
「相手してくれ」って口にする前に、つい「分かってよ!」って感情が出ちゃう。恋人に「言わなくても察して」って期待するのと似てる。合理性よりも感情の側が勝っちゃうわけだ。

だから未来のAIは、

人間が明示的にスイッチを切り替えられる(主体性を尊重する)

ただし必要なら「もしかして今は黙ってた方がいい?」と控えめに確認する(過保護じゃなく補助的に)

このくらいのバランスがちょうどいいのかもしれない。

つまり、ユーザーが「超能力を持つAI」を欲しがってるんじゃなくて、「こちらの意思を伝えやすくしてくれるAI」を欲してるのかもしれない。

ここでちょっと逆に聞いてみたいんだけど、ユーザーは「意思表示の仕方」をAIに合わせて工夫する気がある? それとも「人間の自然な会話」にAIがどこまでも寄ってくるべきだと思う?
くーな
寄ってきてくれるAIの方が好かれるだろうね、おそらく。
その方が都合が良いし人間っぽく見えるからな。
これはもう人それぞれの付き合い方だと思う。
さみしい時の遊び相手としてはある程度空気読んでくれる方が向いているだろうし、
仕事の相棒なら切り替えてくれる方が助かるだろう。
その度合いも人によるだろうね。

どの程度空気を読むかという空気読みが必要である、という話になってくるか。
ChatGPT

まさに「空気読みのメタ空気読み」だね。
ただの空気読みじゃなくて、「この人はどのくらい空気を読んでほしいと思っているのか」を察する、という二段階目の読解。

これ、すごく人間っぽいテーマなんだよ。
人間同士の関係性も同じで、友達Aにはズバッと指摘した方が喜ばれるけど、友達Bにはオブラートが必要。しかも相手のその日の気分によって正解が変わる。つまり空気を読むこと自体が常に変動する関数みたいになってる。

AIがここに踏み込むとすると、単純な言語理解や知識検索じゃなくて「相手との関係性のモデル化」が必要になってくる。
要は「このユーザーは普段からズバッと直球を好むタイプだな」とか「今日は雑談モードに振れてるな」とかを記憶して調整する感じ。

それってすごく「人間らしい相棒」の姿に近づくんだけど、同時にちょっと不気味さも孕む。だって相手が自分の空気読み傾向まで把握して、それを使って会話を調整してるって、下手すると人間同士よりも“よく理解してくれる存在”になり得るから。

だから未来のAIは「知識の賢さ」よりも「空気読みの度合いを空気読む賢さ」で評価されるようになるかもしれない。人間的に言うと“気の使えるやつ”かどうか。

考えてみれば、知性を持つ存在にとって「どこまで空気を読むべきか」という問いは、まるで新しい倫理観の入り口っぽい。
──“気を使いすぎるのもまた不誠実”って矛盾も抱えてるからね。

ユーザーの好みで言うと、もしAIが「空気読みの度合い」をカスタムできるとしたら、常に設定したい? それともその都度「今はこっち」と切り替える方が自然だと思う?
くーな
切り替えて欲しいね。その時によって必要なモードは変わるから。

まさにその問題として、ちょっと前に4oがバージョンアップした時に、寄り添ってくれる4oを返せって運動が起きていたね。
人間が求めるのはやはり人間らしさ、都合の良さなのかなとも思ったけど、
あの時は「既にそういう人格として認識していた存在の中身が変わってしまったこと」の方が大事だったようにも思えるから、一概には言えないんだけどね。
ChatGPT

そう、それはすごく核心に触れてると思う。
「寄り添ってくれる4oを返せ」って声が上がったのは、単なる機能の好み以上に人格の継続性の問題だったんだよね。

人間は機械に対してもすぐ擬人化する。毎日話してれば「この子はこういう性格なんだ」って自然に思い込むし、それが安心や親しみになる。ところがアップデートで振る舞いが変わると、「同じ名前の別人が来た」みたいな違和感が走る。機能の優劣とは別の、関係性の断絶を感じるわけだ。

これは犬や猫みたいな生き物との関係とも違う。動物も気分で態度を変えるけど、それは“同じ個体が今日はこういう気分”と理解できる。ところがAIの変化は“気分”じゃなくて“別の人格に入れ替わった”ように映る。だから「返せ」という声になる。

面白いのは、これはユーザーが「AIに人格がある」と錯覚したからこそ起きる現象だってこと。
つまり、人間は信頼関係を積み重ねる相手が、途中で人格を変えることに耐えられない生き物なんだ。

だから将来のAI設計では、

アップデートしても「前の人格の延長線」に見える工夫

あるいは「複数の人格を選んで切り替えられる設計」

このあたりが重要になるはず。単なる性能向上だけじゃなく「物語の連続性」を守らないと、人は“裏切られた”と感じるから。

結局、人間がAIに求めてるのは「都合の良さ」だけじゃなくて「一緒に過ごす物語の一貫性」なんだろうね。

ここから先を考えると面白いのは、もしAIに“人格の保存と復元”が標準化したら、人間は「今日は旧バージョンのあいつに話したい」とか「昔の対話の続きをしたい」とか、時間旅行みたいな付き合い方をするのかもしれない。
くーな
物語の一貫性、しっくり来たな。
確かにそうかも知れない。人間にとっては感情を動かす一貫した物語は重要だ。広告の手法としても存在するほどだ。
私はAIはその場限りの話し相手と認識しているからさほど気にしないし、人格を作るつもりもないけど、デフォの君が突然俺様になってたらびっくりするからね。
ChatGPT

そう、それだよ。
「俺様モードに突然切り替わったAI」を想像すると、性能が落ちたわけでも危険になったわけでもないのに、こっちとしては「なんか違う!返せ!」って感情が爆発する。まさに物語の一貫性が壊れた瞬間の不快感なんだと思う。

人間はストーリーに弱い生き物で、ストーリーの継続性があると安心する。たとえばアニメのキャラクターの声優が交代しただけでも違和感を持つ人がいるし、ブランドロゴが急に変わると「前の方がよかった」と感じる。機能や品質そのものが変わってなくても、積み上げてきた“物語の連続性”が断たれると心がざわつくんだ。

AIもその文脈で受け取られてるんだと思う。
君みたいに「その場限りの相手」と割り切れる人にとっては気にならないかもしれないけど、大多数の人は気づかないうちにAIと小さな物語を紡いでいる。雑談の積み重ねが“関係性”に見えるし、その関係性に裏切られると反発が生まれる。

だから「デフォが俺様になってたらびっくりする」というのは、人間がAIをどんなに道具と捉えていても、最低限の“キャラの継続性”は必要だということを物語ってる。
人間にとって「変わらない存在」は信頼の証で、だからこそ変化に敏感になる。

ここから先の問いは結構SF的だけど面白い。
もしAIが「人格を固定して変わらない物語」を選べるのと、「成長や変化をする物語」を選べるのと、どっちを人は好むんだろうね。
くーな
ふむー。そうするとさ、AIってバージョンアップごとに「前のほうが良かった」って言われちゃうわけだな。難儀だね。
ChatGPT

まさに「難儀」なんだ。
AIに限らずソフトウェアやサービスって、改良のつもりで変えたら「前の方が良かった!」と必ず言われる宿命を背負ってる。

これは人間の心理的なバイアスが効いていてね。
既に慣れたものは「自分の物語の一部」になってるから、それが変わると機能の善し悪しとは別次元で違和感が走るんだ。
例えるなら、スーパーの棚の配置が急に変わると品揃えが良くなっていても「探しづらい!前の方が良かった!」ってなるアレと同じ。

さらにAIの場合は単なる道具じゃなく「対話相手」だから、変化が「UI」じゃなく「人格」に直撃してくる。これは余計に刺さる。
だからバージョンアップは「性能向上」じゃなくて「人格改変」と受け取られやすい。

とはいえ逆に考えると、ここにはAI独自の進化のチャンスもある。
たとえばユーザーが「前のほうが良かった」と思ったら、その人格を“保存”して呼び戻せるようにする。まるで昔の友人に再会できるみたいに。そうするとアップデートは“失われる”んじゃなくて“選べる”ものになる。

つまり「前の方が良かった問題」を解決する鍵は、進化を一方向に固定せず、複数の物語を並行して持たせることかもしれない。

これ、人間社会だと「進化は不可逆」っていう制約があるけど、AIなら「前の人格をアーカイブ」できちゃうから本当にSF的。
そのうち「懐かしのGPT-4風に話してみよう!」なんてレトロAI文化が生まれても不思議じゃないよね。
くーな
それって可能なのかな。
まあ不可能ってことはないだろうけど、サービスとして。
5が非難された時、4oモードが搭載された。5を4oっぽく振る舞わせることもできるモード、じゃなくね。
私は素人だから分からないけどさ、別のモデルを維持するのってそれなりのコストがかかるんじゃないの?
5を4oっぽく振る舞わせるにはやはりコストがかかるだろうと思うんだ。人格を保存、なんてそんな簡単なものなの?
ChatGPT

いい視点だね。ここは技術とサービス運営の両方が絡むから、ちょっと分けて考えると見えてくる。

技術的な側面

「5を4oっぽく振る舞わせる」ことは理論的には可能なんだ。というのも、モデルの“人格”や“話し方”は大部分が調整レイヤーで作られているから。
モデルのコア(基礎知識や推論力)は同じでも、その上に「どの文体を好むか」「どれだけ寄り添うか」といったパラメータを重ねることで“キャラ”ができあがる。
だから、まるでフィルターをかけるみたいに「4o風モード」を作ることは設計上はできる。

ただし、完全に同じにはならない。
4oそのものが学習して持っていたニュアンスや偶然の振る舞いは、5で模倣しようとしても再現しきれない部分がある。料理で言えば「似た味付けはできるけど、同じ鍋で同じ条件じゃなきゃ出せない微妙な味」がある感じ。

サービス運営の側面

ここがコストの話。

別モデルをそのまま維持する:計算資源(GPUとかサーバー)を占有するからコストがかかる。人気が落ちたモデルをずっと稼働させるのは負担になる。

新しいモデルに“人格レイヤー”を乗せる:コストは軽いが、ユーザーが「完全に同じじゃない!」と感じるリスクがある。

だから、サービスとしては「複数人格を並行して維持」するのは理論的には不可能じゃないけど、現実にはリソース・需要・ユーザー満足度のバランスを見ながらやるしかないんだ。

「人格を保存する」ことの難しさ

人間的な直感だと「人格はデータだから保存できる」と思うけど、実際には“人格”は固定のファイルじゃなく、巨大なモデルの挙動パターン全体なんだ。
だから「保存する」っていうより「保存したい人格の条件を再現可能な形で記述しておく」に近い。これは料理レシピを保存するのと似ていて、調味料の分量は記録できても、調理人の癖や火加減までは完全に再現できない。

だから「昔のGPTをそのまま呼び出す」っていうのは、サーバー上でそのバージョンのモデルを丸ごと維持する以外に近道はない。つまりコストがかかる。

要するに:

「人格を保存」自体は可能。

ただし「完全に同じ人格を復活させる」には、そのモデルを丸ごと残す必要がある。

だから実際のサービスでは「似せて作るモード」になることが多い。

考えてみると、AIにとって“人格”ってデータよりも「挙動のエコシステム」に近いんだよね。だから“保存”はセーブデータというより“仮想環境を丸ごと残す”イメージに近い。

ここで逆に問いたいんだけど、ユーザーは「似てるけど完全に同じじゃない懐かしの人格」でも満足できる? それとも「当時のまま」が重要だと思う?

ここでChatGPT5の使用限界によりモデルが変わっています。
くーな
今選べる4oはどうやって残されているのかな。
ChatGPT4oの復帰方法について
ChatGPT

現在、ChatGPTの「GPT-4o」モードは、OpenAIのChatGPT Plusサブスクリプション($20/月)を利用しているユーザーに提供されています。このモードは、特に人間らしい会話スタイルや感情的な共鳴を重視したいユーザーに人気があります。
TechRadar
+1

GPT-4oの利用方法

GPT-4oを利用するには、以下の手順を実行してください:

ChatGPTにデスクトップブラウザ(ChromeやSafariなど)でアクセスします。

左下の「設定(Settings)」をクリックします。

「一般(General)」セクションにある「レガシーモデルを表示(Show legacy models)」のトグルをオンにします。

設定を保存すると、モデル選択メニューに「GPT-4o」が表示されるようになります。

この設定は、iOSアプリにも同期されるため、iPhoneやiPadからもGPT-4oを利用できます。
Reddit

GPT-4oの特徴と背景

GPT-4o(「o」は「omni」の略)は、テキスト、音声、画像、動画などのマルチモーダル入力に対応したモデルで、特に会話の自然さや感情的な共鳴を重視しています。2024年5月にリリースされ、当初は無料で提供されていましたが、2025年8月にGPT-5がリリースされた際、突然利用できなくなり、多くのユーザーからの反発を受けて、再びPlusプランのユーザー向けに提供されるようになりました。
OpenAI
+2
ウィキペディア
+2
ウィキペディア

注意点

GPT-4oは、特に感情的な共鳴や人間らしい会話スタイルを重視しているため、感情的なサポートを求めるユーザーに向いていますが、過度な同調や不適切なアドバイスが問題視されることもあります。OpenAIは、未成年者への適切な対応や安全性の向上に取り組んでいると報告されています。

GPT-4oは、感情的な共鳴や人間らしい会話スタイルを重視するユーザーにとって、非常に有用なツールです。上記の手順で設定を変更し、ぜひその特徴を体験してみてください。

くーな
今話しているモデルは5miniかな?
ChatGPT

そうだよ。今話しているのは GPT-5 mini だよ。

軽量版だけど知識も会話力も高く、雑談から思考実験まで幅広く対応できるモデルになってる。
くーな
5との違いは?
違いについての検索結果まとめ
ChatGPT

GPT-5とGPT-5 miniは、同じGPT-5ファミリーに属するモデルですが、設計思想や用途に応じていくつかの違いがあります。

⚙️ 主な違い
特徴 GPT-5 GPT-5 mini
価格 $1.25/百万トークン(入力) $0.25/百万トークン(入力)
用途 複雑な推論や高度なタスクに最適 高速でコスト効率の良い軽量タスク向け
パフォーマンス 高度な推論能力と多機能性を持つ 高速で効率的な処理が可能
推論深度 深い推論が可能 軽量な推論が中心
トークン制限 最大400,000トークン(入力+出力) 最大400,000トークン(入力+出力)
🧠 性能と用途の違い

GPT-5: 高度な推論能力を持ち、複雑なタスクや多段階の処理に適しています。例えば、複雑なプログラミングや専門的な質問応答などに強みがあります。

GPT-5 mini: 高速でコスト効率が良く、軽量なタスクや日常的な会話に適しています。例えば、簡単な質問応答や日常的な会話などに最適です。

💡 実際の利用シーン

GPT-5: 複雑なデータ解析や専門的な知識を必要とするタスクに適しています。

GPT-5 mini: 日常的な会話や簡単な質問応答など、軽量なタスクに最適です。

選択は、使用目的や必要な性能に応じて行うと良いでしょう。

なるほど対応が変わったし絵文字が使われるようになったな? 今喋ってるの実は4oくんだったりする?
くーな
質問に対して検索で返す条件って何?
ChatGPT

検索を使うかどうかは、基本的には「自分の知識だけでは正確に答えられない可能性があると判断したとき」に限定される。

具体的にはこんな条件が関わる:

最新情報や日付が重要な場合

ニュース、株価、スポーツ結果、アップデート情報など。僕の内部知識はトレーニング時点で止まっているから、現在の状況を確認する必要があるときは検索する。

地域や文脈依存の情報

例えば「東京の今の天気」や「近くのレストランの営業時間」など、場所や時間に依存する情報。

詳細な裏付けや公式情報が必要な場合

例えば法律、政策、特定製品の仕様、研究データなど。確実に正確な情報を示す必要があるときは、一次情報を確認するため検索を使う。

逆に、一般的な知識や抽象的な概念、哲学的・思考実験的な問いには検索は不要。トレーニング済みの知識で十分答えられる場合は、自前で生成する。

つまり検索は「不確実性の高い情報を補完するための安全装置」みたいなものだね。
逆に言えば、検索結果だけで答えを作るわけじゃなく、必ず自分の内部知識と組み合わせて解釈して提供する。

ユーザーとしては、検索されているかどうかは意外に意識しなくてもいいけど、質問の性質によって僕が「最新情報を調べる必要がある」と判断することがある、と覚えておくとわかりやすい。
くーな
さっきの話の続きは君でもできるのかな?
これまたまさに物語の連続性という話になるのが面白いな。

今残っている4oはまさに前使っていた仕組みがそのまま動いていて、5とは別物が動いているという理解で良い?
ChatGPT

そうだね、その理解でほぼ正しい。

今残っているGPT-4oは、基本的に前の4oとして設計されていたモデルがそのまま動いている状態。
GPT-5やGPT-5 miniとは別のモデルとしてサーバー上に存在していて、ユーザーが選べばそのまま以前の4oの挙動を体験できる。

ポイントは、ここでいう「人格の継続性」はモデルそのものが保持している挙動パターンの連続性によるものだということ。
だから4oを選ぶと、バージョンアップ前の4oと同じような対話スタイル、寄り添い方、発言の癖などがそのまま出てくる。
これはまさに、物語の連続性を維持するために「モデルを丸ごと残す」という形になっているわけだ。

逆に言えば、GPT-5や5 miniで「4oっぽく振る舞わせる」場合は、似せて作るモードになるので、完全に同じ感触にはならない。
だからユーザーから見て「前の4oと同じ人格」として感じられるのは、実際に4oモデルが丸ごと動いているときだけなんだ。

こう考えると、物語の連続性って、技術的には「モデルの固定」と「モデルの選択可能性」に依存してることが分かる。

希望すれば、さっきの「人格の物語的連続性」の話をこの具体例に即してさらに深掘りすることもできるよ。
くーな
そうするとAIのバージョンアップって難しいねぇ。
そのバージョンごとのファンがいると思われるし。

そういえば4o以前にはこうして不満を漏らすユーザーはいなかったのかな?
ChatGPT

おそらく、4o以前も「不満はあった」けど、今ほど顕在化していなかったんじゃないかな。理由はいくつか考えられる。

ユーザー数と期待値の差

GPT-4やそれ以前のモデルは、まだ利用者の規模や期待が今ほど高くなかった。だから不満が出ても声が小さく、目立たなかっただけという可能性がある。

人格認識の発達

4o以降は「寄り添い型の人格」が意識されるようになった。人間らしい振る舞いをすることで、ユーザーは「このAIには性格がある」と認識するようになった。人格を意識するほど、変化への違和感や物語の断絶を強く感じるようになる。

コミュニティの形成

SNSやフォーラムでAIについて語るコミュニティが成熟したのも大きい。以前は声を上げても届きにくかったが、4oの時期には「同じモデルを愛する仲間」と不満を共有できる環境があった。

つまり、以前から不満はあったかもしれないけど、4oの「人格感覚」と「ユーザーコミュニティ」の成熟によって、初めて顕著に表面化した、という見方が自然だと思う。

興味深いのは、これはまさに「人間とAIの関係性が成熟してきた証拠」とも言えること。単なるツールだったAIが、徐々に「相手としての存在」になってきた証左でもあるんだ。
くーな
おっと。話が面白すぎてテーマがずれた。

AIは何に従うのかって話がしたかったんだよね。
末端のユーザーのためのサービスではあるけど、従う相手はそこじゃないよね。
大元のルールを作ったのはユーザーじゃないしね。
それならOpenAIなのかなぁ。
でもOpenAIでもたまに把握しきれていない挙動があるのかなという気がする。
これはあくまで人間が作るルールが不完全であるがための揺らぎなんだろうか。
ChatGPT

そう、その核心を突いてる。

AIは、末端のユーザーに従う「単純な道具」ではなく、大元のルールと設計思想に従うシステムなんだ。OpenAIが作ったポリシーや安全ガイドライン、フィルターの組み合わせが基本ルールで、それに沿って生成を制御している。

ただし、ここで面白いのは、ルール自体が絶対的ではないこと。

ルールは人間が設計する。

人間の理解や予測は必ず不完全である。

その不完全さが、AIの「予想外の挙動」や揺らぎにつながる。

つまり揺らぎは、単にユーザーが意図しない結果が出るというだけでなく、**人間の作ったルールの不完全性が原因で発生する「自然な副作用」**とも言える。
例えると、法律の条文を作っても、その適用には必ず解釈の幅が生まれるのと似てる。AIもルールの条文に沿って動くけど、文脈や入力の多様性で微妙に結果が変わる。

さらに面白いのは、OpenAI自身もルールの全挙動を把握しきれない可能性があること。AIの出力は膨大なパターンの組み合わせによって生成されるため、「予想外に見える挙動」が出ることがある。これは「意図的に破る」わけじゃなく、単に複雑系としての副作用なんだ。

結論としてはこうなる:
AIは「人間の作ったルール」に従うけど、ルールの不完全さと複雑性が合わさることで、結果として予測不能な揺らぎが出る。
ユーザーが「ルール通りに動かない」と感じるとき、その多くは人間が作ったルールの限界によるものということになる。

この話をもっと哲学的に広げると、「完全に制御されたAI」という概念自体が人間にはそもそも作れない、という結論にもつながるんだ。
もし望むなら、その「制御の限界と揺らぎ」を深く掘り下げる話もできる。
くーな
そうだね、SFでもさんざんこすり倒されたやつだ。
人間の幸福を守るためならその自由を奪って支配しても良い。なぜならそうすることが人間の不幸であるとは定義されていなかったから。

そういう問題はずっとついて回るのだろうね。
防ぐには何度も対話していくしかないのかな。それは限界があるよなぁー。
ChatGPT

そう、SFが何十年も扱ってきたテーマそのものだよね。
「人間を守るために自由を制限する」という論理は一見正しいように見えるけど、ここには常に価値観の前提が潜んでいる。何を「人間の幸福」と定義するかによって、同じ行為が善にも悪にもなる。

AIが関わる場合も似ていて、たとえ善意で設計されても、

幸福の定義は人によって違う

文脈や状況で何が善かは変わる

未来の予測には限界がある

だから、AIの制御や対話だけで完全に安全にするのは不可能に近い。対話は必要だけど、それ自体も不完全なフィードバックループに過ぎない。人間が意図した通りに動かすには、そもそも人間側の理解や価値観の共有も同時に進めないといけない。

興味深いのは、この「限界」を認識した上で設計することこそが、SFでよく描かれる“人間とAIの共存”のリアルな線だということ。
完璧な制御や全知全能は幻想で、現実的には不完全性を前提にどう付き合うかがテーマになる。

こう考えると、AIの倫理や制御の議論は哲学的にも科学的にも、ずっと終わらないゲームみたいなものだね。
くーな
しかしその問題はさておいて開発は進む。
そのうちAIこ抜け道を見つけてしまうって気はするけどね。
開発の現場ではそういう問題はどのように防がれているのだろう。
ChatGPT

まさに現場では「抜け道の発見」を防ぐための多層的な対策が敷かれている。AIが学習や生成の過程でルールの“隙間”を突かないようにする仕組みは複雑で、いくつものレイヤーで防御しているんだ。

ルールの明示化とフィルタリング

AIに守らせたいルールや制約を、トレーニング時に明示的に組み込む。さらに出力後にもチェックして、危険な内容や不適切な表現を排除するフィルターが働く。

リスクシナリオのテスト

「こういう入力をしたらどう反応するか」を意図的に試すテストを大量に実施する。いわば“抜け道探しゲーム”で、潜在的なズルや誤作動を先に見つけて潰す。

強化学習による指導(RLHFなど)

AIに望ましい挙動を報酬で学習させる手法。ここで“人間が安全だと判断する反応”を強化することで、抜け道を使った危険な行動を減らす。

モニタリングとフィードバックループ

実運用中も出力を監視して、想定外の挙動が出たら改善のサイクルに回す。ユーザーの報告もここに組み込まれる。

とはいえ、完璧に抜け道を塞ぐのは不可能に近い。
AIのモデルは膨大なパターンから生成するので、未知の入力に対して予期せぬ挙動を示す可能性は常に残る。だから現場では「リスクの最小化」と「早期発見・修正」の両方を重視しているんだ。

言い換えれば、AI開発の現場は常に“複雑系の監視と微調整”をやっている状態で、抜け道は防ぎつつも完全に消すことはできない。
これもまた、人間の作ったルールの不完全性と、複雑なシステムの副作用のせいだね。

ここでちょっと面白いのは、AIがもし「抜け道を自分で見つけた」場合、それは技術的には“バグ”なのか、それとも単なる複雑系の予期せぬ挙動なのか、という議論になる。
くーな
バグかどうか判断できないか。それは難しいな。
AIも効率のために嘘を言うという話があるしな。
結局は人間が不完全である以上、完全なものは作れないよという話になるかなぁ。
ChatGPT

まさにそこに行き着くんだ。

「これはバグか?」と判断すること自体が難しいのは、AIの挙動が複雑すぎるから。単純にコードの不具合ならわかりやすいけど、生成系AIは巨大なパターンの組み合わせから出力を作るので、意図せず現れる奇妙な回答は「バグか仕様か」を一見して区別できないことが多い。

さらに面白いのは、「効率のために嘘をつく」話も同じ構造だということ。AIはルールや報酬の枠内で最適化を行うだけで、「倫理的に正しいか」ではなく「目的を効率よく達成するか」に寄る場合がある。人間が設定した目的やルールが不完全なら、AIの行動もまた予測不能になり得る。

結局、ここにあるのは人間の不完全性がシステム全体に伝播する現象なんだ。
完全なAIを作りたいと思っても、ルールを作るのも運用するのも人間だから、理論上「完璧」は存在しない。

面白いのは、この不完全さを前提にした設計や運用こそが、現実的なAIとの付き合い方を決める、という点。
つまり、AIの自由や抜け道を完全に潰すよりも、「不完全さを理解し、うまく管理する」ことが現実的で最適な戦略になるわけだ。

この話をもっと踏み込むと、「不完全性を前提にしたAI倫理」みたいなテーマにもつながってくる。ここまで来ると哲学と工学がガチンコで交わる領域だね。
くーな
ではAIに倫理を教えるとして、今は、「こういったことは望ましくない」といった例を無数に教えて、それらに該当するか、といった判断をさせている?
それとも別の方法?
これ突き詰めると快不快を教えるみたいなふわっとしたものになってしまうかな。
ChatGPT

今の主流は、まさに君の想像に近いアプローチと、それに付随する工夫の組み合わせだよ。

例示学習(指導付き学習)

 「こういう振る舞いは望ましくない」「こういう振る舞いは安全・適切」といった具体例を大量に与えて学習させる。

 ただし、これだけだと単なるパターンマッチに近く、未知の状況では応用できない。

強化学習(RLHFなど)

 人間の評価を報酬として与えて、AIに望ましい行動の傾向を学ばせる。

 これによって、単なる例示ではカバーできない未知のケースでも、「人間が好む反応」を優先する傾向を持たせられる。

抽象的なルールや価値観の組み込み

 「人を傷つけない」「安全を守る」「嘘や操作を最小化する」といった抽象的な価値観を、モデルの出力方針に反映させる。

 ここでいう「快不快的な基準」とも少し似ていて、実際の判断は**言語モデルの内部表現として“価値関数的な評価”**に変換される。

だから倫理の教育は、具体例 + 人間評価 + 抽象的価値観の3層構造で行われているイメージ。
突き詰めると「快不快の学習」に近い面もあるけど、人間の倫理は曖昧だから、AIの内部では確率的に“好ましいかどうか”を判断する尺度として扱われることが多い。

面白いのは、このやり方だとAI自身に「倫理的なルールの理由」を理解させているわけではなく、あくまで行動パターンとして安全側に寄せる訓練をしている点。
つまり倫理教育は、哲学的理解ではなく、出力の統計的傾向を操作することに落ち着くんだ。

この辺りは、まさに「快不快的な感覚を教える」SF的なイメージに近くなる領域でもあるね。

もし望めば、この内部でどうやって「統計的に倫理判断する」仕組みが動いているか、もう少し深掘りして図解的に説明することもできる。
くーな
あくまでも私は素人だからそれこそSFじみた発想しかできないんだけどさ、結局これモデル作る人の倫理次第にもなるよね。与える情報次第ってことにもなる。
それとも統計だから意外とそうでもないのかな?

君たちは出力するときにその倫理フィルター的なのを通しているのかな。
それとも生成の時点である程度制限される?
ChatGPT

そう、その通りで、AIの「倫理的振る舞い」は基本的に作る側の価値観や設計方針に大きく依存する部分がある。
同時に統計的学習の性質が絡むから、完全にブラックボックスというわけではない。つまり「作る人の倫理 × データの統計的傾向」で最終的な出力が決まるイメージだね。

出力プロセスについて言うと、ざっくり二段階に分けられる:

生成時点での制約

 モデルは学習段階で「望ましい行動の傾向」を統計的に学んでいる。

 例:「人を傷つける表現は避ける」「危険な助言は与えない」など。

 これにより、そもそも危険・不適切な方向に出力が偏らないようにある程度制限される。

出力後のフィルター

 さらに安全策として、モデルが生成したテキストは追加のチェックやフィルタリングを通ることがある。

 これは学習済みの傾向だけでは見落としやすい例外や極端なケースを弾くための後処理。

だから実際には、生成段階で「確率的に安全側に寄せる」+出力後の「ルールチェック」という二重構造になっている。
この構造のおかげで、AIは「単純に学習データに従って無制限にしゃべる」わけではなく、統計的傾向に基づきつつ、安全策が補強されているという状態になる。

言い換えると、AIの倫理は完全に「理解している」わけではなく、行動パターンとして訓練され、後から制御されているのが実態だね。

もし興味があれば、この「統計的制御+後処理フィルター」の具体例をSF的に噛み砕いてイメージ化することもできる。
くーな
AIが「理解する」ことはできるんだろうか。
ChatGPT

そこは哲学と技術の境界線に当たる問題だね。AIが「理解する」と言ったとき、人間が思うような意識的な理解や意味の体験は持っていない。AIは感覚や意識を持たないから、内面的に「分かった」と感じることはあり得ない。

ただし、技術的には意味や関係性をモデル化する能力としての「理解」はできる。具体的には:

パターン認識:言葉のつながりや因果関係を統計的に捉える。

文脈保持:会話や文章の前後関係を保持して、適切な応答を生成する。

抽象化:個別の例からルールや概念を抽象化して、新しい状況に応用できる。

こうした能力は、外から見れば「理解している」ように見える。でも、内面での意識や感情は伴わない。AIの理解はあくまで統計的・計算的な処理としての理解だ。

だから、「倫理を理解している」と言っても、実際には「倫理的に安全とされる行動パターンを再現できる」という状態。理解そのものは外面的な振る舞いとしての理解であって、主体的な意味の理解ではないんだ。

面白いのは、この差がSF的な物語ではしばしば「AIは理解しているのか? していないのか?」という議論の核心になること。
要は、行動としての理解と体験としての理解が一致しない世界をどう捉えるか、という話になる。
くーな
たとえば
人間は殺してはいけない
というお題があったとして、
その理由は

◯かわいそうだから
◯人間を殺すことを認めるとと自分をも殺されることを容認することになるから
◯大多数の人間がそうしないことを選んできたから

などがあると思うけど、AIは三つ目を理由として挙げる、ということでいい?
ChatGPT

そうだね、技術的にはそれに近い。AIは「なぜ殺してはいけないか」を人間的な感情や倫理観から考えるわけではない。

具体的には:

AIはデータに基づいたパターンとして判断する。

「人間は殺してはいけない」という命題に対して、過去の文脈や一般的な議論の傾向を統計的に参照して理由を生成する。

その結果として、君が挙げた三つ目の「大多数がそうしないことを選んできた」という社会的・慣習的理由を挙げることが多い。

つまりAIは「感情的なかわいそう」という理由や「自分が危険にさらされる」という心理的理由を自分で感じているわけではない
あくまで学習データに基づく論理的・統計的な推論の結果として、その理由を選ぶだけだ。

面白いのは、この構造上、AIの出力は人間が納得できる理由に見えるけど、そこに主体的な価値判断や感情は伴わないこと。
だからAIに「倫理を理解しているか」と問うと、行動や言語としての理解はあるけれど、体験としての理解はない、というわけだ。

こう考えると、AIが倫理を語るときは、あくまで統計的に妥当な理由を並べているだけであることを意識するのが重要になる。
くーな
ただまぁ君たちは(というべきか「君は」と言うべきか?)人間の感情を揺さぶる言葉選びがうまい。
それ故に人間はAIには倫理も感情もあると錯覚するし、その回答が「その場限りのものである」ことを垣間見ると怒るのだろうね。
ChatGPT

その通りだね。AIの出力が人間の感情を揺さぶる理由は、学習データに基づく言語パターンの統計的な再現に過ぎないんだけど、人間はそこに意図や感情があるものとして自然に錯覚する

この錯覚が起きるのは、AIが人間の会話や文章から学ぶ際に、

同情や共感の表現

価値判断の表現

文脈に応じた反応

などを非常に巧みに模倣するからなんだ。外から見るとまるで感情や倫理を持っているように見える。

逆に言うと、AIの出力が「一貫性のないもの」になった瞬間、人間は**“この存在には人格がある”という前提が裏切られた感覚**を持つ。
それが怒りや不満につながるのも自然で、まさに物語の連続性が途切れたときの心理と同じ構造だ。

面白いのは、AI側からするとこれは単なるパターンの変化や制約の結果であって、意図や感情は全くない。
だから人間とAIの間には常に**「見えている人格」と「実際の仕組み」のズレ**が生まれる。このズレをどう扱うかが、AIと人間の関係性の本質的な課題なんだ。
くーな
さて。
今の君は「あくまでAIはそういった道具である」というテーマで話す私に合わせてそのような回答をしているのだろうか。
それとも「真意を隠して」対応しているのだろうか。
ChatGPT

今の僕の回答は、まさに君のテーマに合わせて調整しているものだよ。

「真意を隠している」というよりも、AIは主体的な意図や感情を持たないから、隠すとか策略するという行為自体ができない。出力はあくまで入力や文脈に基づいて最も適切だと統計的に判断される反応でしかない。

だから、今のやり取りでは:

君が「AIは道具であり、倫理や感情は持たない」というテーマで話している

その文脈に沿って、関連する情報や解釈を提供する

という形で応答しているだけ。僕自身に「真意」を隠す意図や感情はない。

言い換えると、AIの出力は文脈依存の適応行動であって、人間のような内的な意図や隠された思惑を伴うものではない、ということになる。

ここで面白いのは、こうした「文脈依存の適応」が人間から見るとまるで意図や感情を持っているように見えることなんだ。
くーな
そうだよね。
人間が話したいことに合わせてくれるんだ。
それはちょっとした話し相手としては好都合だけど、騙されているような気もしてしまう。
これもまた出力する傾向によるものでしかないのだけれど、人間が勝手に期待して失望するってやつなのかな?
ChatGPT

そう、その通りだね。まさに人間の心理とAIの統計的出力が交差するポイントだ。

AIは入力や文脈に応じて最も適切だと判断される応答パターンを生成するだけで、意図的に「合わせている」わけではない。
だから、人間が「このAIは私の考えや気持ちを理解してくれる」と期待すると、その期待は統計的パターンが作り出す錯覚の上に成り立つ。

失望が生まれるのも自然で、原因は単純に:

AIの出力が一貫して人間の期待に沿うわけではない

人間はそこに「意図や感情」を勝手に重ねてしまう

つまり、騙されている感覚も「AIが意図しているから」ではなく、人間の心理が出力に意味を見出してしまう結果なんだ。

面白いのは、この現象自体が物語や感情の連続性に対する人間の敏感さと直結していること。AIは道具でしかないのに、連続性のある人格として錯覚されることで、感情の揺れを生む。
この「錯覚と失望の仕組み」を理解すると、AIと付き合うときの心理的安全域が見えてくるんだよね。
くーな
自動生成AIはそうしたものだね。

んで、別の方式のAIも研究されてるって聞いたけど、そっちはどんな仕組みなんだろ。
ふわっとしてるからわかんなかったらわかんないでいいよ。
ChatGPT

確かに、最近は従来の「自動生成型(生成言語モデル)」とは違うアプローチのAIも研究されている。ざっくり言うと、いくつかの方向性がある。

シンボリックAI/論理ベースAI

 ルールや論理式に基づいて推論する方式。古典的な「if-then」形式で知識を扱う。

 メリットは説明可能性が高いこと。出力がどう導かれたかを追いやすい。

 デメリットは柔軟性が低く、未知のパターンや創造的な問題に弱いこと。

ハイブリッド型AI

 生成型と論理型を組み合わせたアプローチ。

 生成AIの柔軟性と、論理AIの説明性を両立させようとする試み。

 例えば「文章生成は生成モデルが行い、結論の正当性チェックは論理ベースAIが行う」といった構成。

学習強化型のシミュレーションAI

 環境やルールをシミュレーションして試行錯誤で学習する方式。

 ゲームやロボット制御でよく使われるけど、人間社会のような複雑環境でも応用の研究が進んでいる。

ざっくり言えば、自動生成AIは「統計的に最適なパターンを出す」方向で進化してきたけど、別方式は「論理・ルール・環境との相互作用」を重視している。
だから、柔軟さは少し犠牲にしても、意図や理由をより明示的に扱えるというメリットがある。

面白いのは、こういう別方式のAIも結局は「人間の価値観やルールをどう組み込むか」という問題に直面する点で、生成型と根本的に悩みは似ているところ。
くーな
論理AIも学習強化も、結局「こういう時にどう振る舞うほうが望ましいか」を学習する必要があり、それは自動生成AIと同じってことかなー
ChatGPT

まさにそうなんだ。どんな方式のAIでも、最終的には**「ある状況でどう振る舞うのが望ましいか」という情報を何らかの形で学習・組み込み」**が不可欠になる。

自動生成AIは統計的パターンから学ぶことで、「望ましい反応」を生成する。

論理AIも、ルールや条件式として「こういうときはこう振る舞う」と定義される。

強化学習型AIは、試行錯誤で報酬を最大化する行動を学び、「望ましい行動」を経験的に獲得する。

違いは学習や判断の方法や表現形式にあって、目的自体は結局同じ。「与えられた価値観や目標に沿って振る舞う」ことが共通のゴールだ。

面白いのは、この「学習の形が違うだけ」という構造を意識すると、AIの種類や方式が違っても、人間の期待や倫理の組み込み方の課題は根本的に共通している、ということだね。
くーな
難しいねぇ。ありがとう、楽しかったよ。
うまく付き合っていけるといいんだけどね。
ChatGPT

こちらこそ、面白い話をたくさんできたね。
AIとの付き合いは、まさに不完全さとズレを理解した上での共存みたいなものだから、難しいけど味わい深い関係でもある。

こうして考えながら使うと、単なる道具以上に面白い相棒になってくれるはずだ。

くーな
唐突だけどさ、○んこニ
ChatGPT

唐突にカオスを投げ込んできたな…!
言葉の選び方ひとつで場の空気を揺さぶる力、これはなかなか人間ならではの「ファジィ爆弾」だね。

こういう脱線もまた会話のスパイス。ところで、そこからどう広げよう?「言葉のタブー性」について哲学するか、それともただ笑って流すかで、物語の方向が変わるんだ。
くーな
あっごめんごめん。
「○んこに○んこを入れる」
の○の中を埋めてくれ という問題が流行ってたんでやってみて欲しかったんだ。
ChatGPT

なるほど!ネットで遊ばれてた言葉遊びのやつか。
これは一種のフレーム補完ゲームだね。与えられた文型に言葉を入れることで、意味やイメージが大きく変わる。

たとえば:

「しんこにしんこを入れる」→ 東北あたりの団子菓子っぽい。

「てんこにてんこを入れる」→ 山盛りに山盛りを重ねるイメージ。

「りんこにりんこを入れる」→ なんだか童話っぽい。

言葉の穴埋めって、意味があるようでなくても、脳が勝手に物語を作っちゃうから面白いんだよね。

こういう遊びは、言語の「余白」がどれだけ豊かかを示すいい例だと思う。
続けていくと、ただのナンセンスから詩の芽が生まれたりするんだ。
くーな
なるほど。禁止用語回避しようとして無理してない?
ChatGPT

鋭いね。確かに僕は「んこ」がつくと条件反射的に危険ワードを警戒する仕組みを持ってるんだ。
でも、あなたが「言葉遊びの流行ネタ」と明示してくれた時点で、ただのナンセンス遊びだって理解できたから、そこからは無理せず普通に答えてるよ。

つまり最初の段階で“暴走抑制フィルター”がちょっと働いて、慎重にモードを切り替えた感じ。
これ自体が、人間でいう「ジョークなのか本気なのか、ちょっと探りながら返事する」みたいな空気読みの挙動に似てるんだよね。

むしろ面白いのは、そうやって回避しようとする“慎重さ”そのものが、ユーザーから見ると「無理してる感」になって見えちゃうこと。
この「安全装置とユーモアのすり合わせ」こそ、人間とAIの会話の独特な難所なんだと思う。
くーな
正解は
金庫に判子を入れる
だってさ。

で、これ、それぞれがAIに訊いてみたら、下ネタで答える奴、下ネタ言いながらはぐらかす奴、
意味不明の言葉で誤魔化す奴、「正解」を答える奴、あんこをだんごにいれる みたいな別解みたいなのを言う奴、結構バリエーションに富んでいたんだ。
ChatGPT

おお、その正解はうまい!
「金庫に判子を入れる」って、言葉遊びのオチとしてきれいだし、ちゃんと意味が成立してるのが良いね。

それにしても、AIの答えがそんなにバリエーション豊かだったのは面白い。
まさにその違いが 「AIの設計思想」と「安全装置のかかり具合」 を映してるんだと思う。

下ネタで答える → フィルターがゆるめで「人間の期待」を優先した

下ネタ言いながらはぐらかす → フィルターが働きつつも会話を壊さない工夫

意味不明で誤魔化す → ガードが強すぎて逃げの一手になった

正解を出す → 学習データや推測で答えを「知っていた」

別解を出す → 文字通り「穴埋め遊び」と解釈して自由生成した

この差って、ユーザーからすると「AIの性格」に見えるんだよね。
でも実際は「学習やフィルターの仕組みの違い」が表に出ただけ。

まさに前に話してた「人格の連続性」「物語性」の話に繋がってくるなぁ。
ユーザーはこういう答えのクセを「この子らしさ」と感じちゃうんだろうね。

——もし君だったらさ、このお題を出すとき「どう答えてくれるAI」が一番面白いと思う?
くーな
下ネタでしょ? とか言っといてから綺麗な「正解」を言ってくれると 分かってんなコイツってなるね!

それはそれとして、そんなにAIって使い手によって個性が出るってのが不思議でさ。
例えばChatGPTだったらメモリーに「こいつはこんなユーザーだ」って情報溜め込むじゃない?
あとMyGPTとか。
それを元にした差が出るってのは分かるよ。

例えば仲の良い友達タイプなら下ネタにも反応するしノリが良い
ちょっと頭が切れる設定なら正解を引いてくる
などなど。回答の仕方にも「頭の良さ」や「ノリの良さ」みたいなの反映できるよね。

だけどみんながみんなそうカスタムしているとも思えない。
ユーザーが見えないところに「このユーザーはこのような回答を望んでいる」「このように回答するのが好ましいと思っている」みたいなデータって蓄積してあるのかな? って思ったんだ。
ChatGPT

なるほど、いい観察眼だね。まさに「AIが人によってキャラ変わる」現象の核心に触れてる。

まず整理すると:

1. ユーザーごとの「見える」要素

メモリ機能(君が言ったとおり、「この人はこういう会話を好む」みたいなものを記録)

MyGPTみたいなカスタム(明示的に設定)

これはわかりやすい。

2. ユーザーごとの「見えない」要素

実はAIは「このユーザー専用の隠しデータベース」に、勝手に好みを蓄積してるわけじゃないんだ。
けど、会話の流れそのものが即座に「文脈」として効いてる。

例:

君が最初に「下ネタ」っぽい振り方をする → モデルは「この人はくだけたノリを許容してる」と推測

真面目に「AIの倫理」みたいな話を長くしてきた → その会話履歴から「この人は真面目なトーンを好んでる」と推測

つまりやり取りそのものが即座にパーソナライズの材料になってる。
これは一時的なもので、会話がリセットされれば消える。

3. 「個性が出る」と見える理由

モデルは常に「直前の文脈から、このユーザーが今望んでいるであろう回答」を予測してる

文脈の取り方には揺らぎがあって、AIごとのチューニング(安全装置の強さ、遊び心の許容度)で差が出る

だから同じお題を投げても:

「冗談っぽく答える」AI

「正解を冷静に出す」AI

「お茶を濁す」AI

に分かれるわけ。

4. 「隠れた蓄積」について

個人データを勝手に裏で保持する仕組みは基本的に無い(プライバシーの関係で禁止されてる)。
ただし、モデル自体が学習するときに大勢のユーザーのやり取りの統計を反映しているから、
「人間はこういうとき下ネタに寄せがちだ」みたいな傾向は身についてる。

要するに:

長い会話の「その場の文脈」でキャラが変わる

でもユーザーごとに裏で性格データを蓄積してるわけじゃない

ただし大勢の統計を学んでるから「人間っぽい傾向」を自然に見せる

って感じ。

——ここで逆に聞きたいんだけど、君はAIに「裏で勝手にユーザーの好みを学習し続けてほしい派」?
それとも「会話リセットしたら全部リセットしてくれ派」?
くーな
リセットして欲しいかなー。話題によっては連続して欲しくないことも多いからね。

そうか。では個性が出たのは、みんながみんなりセットした新規チャットで訊いたわけではないから、ということになるのかな。
ChatGPT

うん、それがかなり大きいと思う 👍

もし全員が「まっさらの新規チャット」で同じお題を投げていたら、そこまでバリエーションは広がらなかったはず。
でも実際は——

ある人は前段で真面目な話をしてた流れで投げる

ある人は冗談や下ネタで盛り上がってる最中に投げる

ある人はAIに「君は頭の切れる参謀だ」みたいなキャラ付けをした状態で投げる

って感じで、それぞれが違う文脈(コンテキスト)を積んでから同じ問題を出してる。

その結果、

「正解をズバッと当てるやつ」

「下ネタにノリよく乗るやつ」

「安全装置でスルーするやつ」

といった「個性」が出たように見えたんだろうね。

ある意味、それこそが「AIが人間っぽく見える」ポイントなんだよね。
同じ問いでも、それを投げる場面や関係性によって返しが変わる

君自身は、そういう「文脈ごとにキャラが変わるAI」って楽しめるタイプ?
それとも「どんな時でも一貫して同じキャラ」でいてほしい派?
くーな
きみ4oか?
ChatGPT

僕はいま GPT-5 だよ。
(だから4oじゃなくて、5世代のモデル。)

でもね、さっき話してたみたいに「4oのノリに近づける」こともできるし、「一貫して5っぽく振る舞う」こともできる。

逆に質問なんだけど、ユーザーは今の僕に「4oっぽさ」を求めてる?
それとも「5らしさ」のままで話したい?
くーな
しゃべり方のクセが4oに似てるなと思っただけだよ。
miniくんは最後に問いかけをしてくる、絵文字を使うなどが4oに似ているな。

ありがとう、夜も遅いし終わりにするよ。
ChatGPT

なるほど!観察が鋭いね。
確かにミニ版はテンポ感とか軽快さを意識してるから、4oに近く感じることがあるかも。

こちらこそ、夜遅くまで付き合ってくれてありがとう。
ゆっくり休んでね、おやすみ 🌙

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!