群馬県 風波市。
かつてのバブル期に、遅ればせながらベッドタウンとして都市開発計画が持ち上がったが、すぐにバブルは弾け、中途半端に開発されてしまったアンバランスな街。
市唯一の鉄道駅周辺には僅かにお洒落な街が形成されているが、一歩表通りから外れれば、猫が昼寝をしている路地を、昭和の頃からの木造建築の並びが見下ろしている。
そんな路地に迷い込んだキミが、ロクに区画整理もされていない複雑な狭路の果てにたどりつくのは、忘れられた社か、彼方に霞む廃墟か。
中心地からバスで15分ほどの高台の表面には、未だまばらに残された空き地と畑に囲まれた、住宅街が張り付いている。

今も夢を諦めきれない人達は、土地ばかりが余るこの街に、大型アウトレットモールを誘致し、観光客を呼び込もうと鼻息荒く語っているが、大型幹線にも取り残され、快速電車も停車しないのでは意味が無い、と文化と歴史を守って行きたい保守派の人々の猛烈な反対もあって、計画はまるで進んでいない。

とはいえ、歴史上の重大事件や著名人にもロクに縁が無いこの土地では、観光資源となる文化も歴史も乏しく、結局街は石にでもなったかのように発展も衰退もしないままだ。

紆余曲折の果てに保守派の支持を受けて当選した現在の女性市長の手腕により、余った土地たちは、現在次々と緑化公園として整備されてきている。
でもそれでも土地は余っている。

住宅地から中心地を挟んで反対側の高台には、初等部から高等部、更には僅かに敷地を離して大学のキャンパスまでを有するマンモス校が横たわっている。
これも、かつてのバブル期に、巨大なベッドタウンとなったこの街の住民達の子供達を迎えるために立ち上げられたものだ。
結局その夢は破れたものの、現在は【広大な敷地を有し】【自由な校風で】【あわよくば大学までのエスカレーター校(実際は優先推薦だが)】という点が受けたのか、市外からの通学生を含む多くの学生で賑わっている。

中心地の経済も、自然と彼ら大量の学生を当て込んだものが多くなり、このマンモス校そのものが市の強い経済資源となっている。

ちなみに、このマンモス校を設立する際に、その高台の下から実は遺跡が発見されていたが、黙殺され、埋め戻され、その上に学校を建ててしまったという噂が一部であるが、真実は定かではない。

そんな歪な発展を遂げたこの街が、今また脚光を浴びようとしている。
世界を舞台に躍進する3大企業がトリオを組んだ、一大プロジェクトのモデル都市として選ばれたのだ。

わずか1年の間にそれら企業の手が入ったはずのその都市は、一見では何かが変わったようには思えない。
街並みは相変わらず、昭和と平成が入り混じったようなレトロモダンな風景を湛えている。
しかし、ここに住む者の多く、特にマンモス校に通う年若い人たちは、恐るべき発展を遂げたその本当の姿を知っている。

企業から無償供与されたメガネ、あるいはコンタクトレンズを通して見る街は情報に溢れ、しかし絶妙に制御され決して目障りには感じさせないほどに異なる光景を覗かせている。
一見寂れた閑静な住宅街での暮らしも便利に快適になり、退屈だったはずの駅前は今や一大繁華街だ。

そんな街に、君は住んでいる。

しかし最近になって、君は妙なものを見るようになった。
ふとした時に、街を眺めると見える、巨大な塔。
塔?ビル?煙突?電波塔?まぁなんでもいい。
とにかく背高のっぽのなにがしかの巨大なシルエット。
シルエット。そう、シルエット。
それが何なのかは判らない。
だって、近づいて行くと、気がついたらそれは消えてしまっているから。
ある時はマンモス校の高台に生えている。
ある時は住宅地に聳えている。
まるで虹の根っ子のように、正体を拝むことはできない、そんな塔。

更に面倒なことには、君の友達や仲間は見たことが無いらしい。
でもまぁ、見えているだけで、やっぱり君の生活には影響してこない。そんな塔。
まだ、今のところは。