こちらには『禁獄ノ糸』
のネタバレがあります。
牧志 浩太
お人好しで温厚、だが意思は強い好青年だったが……。
とある事情で二年より前の記憶の大半を失い、代わりに悪魔使い波照間紅の記憶を持っている。
首から胸へと続く奇妙な【契約】の痣がある。たまに痛むという。
生贄体質らしく、事件に巻き込まれることが多い。
少し前に狂気に冒され、自分が不定形の化け物であり、自分の心や意思も化け物の模倣ではないのかと恐れるようになった。
佐倉とは友人。
佐倉 光
サマナーで悪魔退治屋。ハッカーでもある。
基本、知性・理性・効率、そういったものを重視する冷静な青年。とある事件より、体中の痛みに悩まされている。
基本悪魔を召喚して戦うが、悪魔との契約のカードを使ってその力を一時的に借りることもできる。
最近、牧志そっくりの異星人……の記憶を保持する物体X六人との契約を行った。
巻き込まれ体質らしい。
最近いきなり起きる不随意運動に悩まされている。牧志の心音を聴くと精神が安定するためか治まる。
牧志とは友人。
シロー
とある事件以来、特殊な事情のため二人が面倒を見ることになった少年。
超美形で類い希な理解力と知性を有する。
年齢は7歳程度。生育環境が特殊だったため、一般的な教育を受けていないので、言語が年齢の割に幼い。最近になって急に一般的な生活を送り始めたので、外界への興味が強い。
牧志浩子と五人
少し前に現れた6人の異星人。佐倉と契約して彼の仲魔として存在している。
その正体は、何にでも変身して喰らい殖える不定形生物だったが、事故により『人間』としての意識を持ち、増殖を抑えてこの星での人間との共存を試みている。
浩子はそのひとり。
開始前
このシナリオHTMLで書いてあるんだけど、背景が黒っぽい模様、本文が濃いめの紫になっていて、配色で目が死ぬ。
しかしこれは牧志PCでぴったりだな。
ただ言えるのはこれ、はっきり耽美系だ。
不定の狂気はともかく、それ以外は大体かたがついてますしね。
触れた先から熱を持ったあなたの身体は、その感触に小さく痛みを覚え身体が跳ねた。
続けて甘い声が口から漏れると、自然とあなたの口から出るのは、あの人の名前。
蕩けた思考でぼんやりと視線をそちらへ向ければ、そこに居たのは―――
禁獄ノ糸
ふぁる様 作
穏やかで包み込むような優しい声があなたの目覚めを導く。
それは聞き慣れた声ではあったが、聞き慣れない響きだ。
微かに呻きつつ、目を開く。
それは佐倉さんの声だろうか。そして、どう聞き慣れない響きなのだろうか?
佐倉がこんなに優しく丸い響きの声を出せるのかと驚くほどに。
本編見る!
見回せば部屋は薄暗く、外からの光は一つの窓からしか入ってきていない。
うーん。IMEさんは間違ってないんだけど。
佐倉はにっこりと微笑んだ。
ぱちり、と目を瞬く。おはよう、と言う前に、その声の響きに戸惑った。
知らない天井、見知らぬ薄暗い部屋、それなのに佐倉さんの声はいっそ不気味な程に穏やかだ。
あなたは自分が首元が緩いゆったりとした白い貫頭衣のようなものだけを着ているのに気付く。
服に紐などはついておらず、頭からかぶるだけのタイプだ。
辺りを見回す。ここはどういった場所で、何があるだろうか?
自分や佐倉さんの荷物、元々着ていただろう服などはあるだろうか?
連れ去られたとか、急に意識を失ったとか、そんな記憶はあるだろうか?
まるで二日酔いのような感覚で思考が上手くまとまらない。
ここは小さな一室だ。いくつかの家具が置かれているが、
あからさまに物は少ない。
また、家具に何となく変わっているなという印象を受ける。
あなたは何も持っていない。部屋にも見慣れたジャケットなどは見当たらない。
佐倉はいつもの服は着ているが、腕輪やお守りはつけていないようだ。
テーブルの上に食事らしき皿が乗っている。
佐倉はあなたを安心させるように言った。
思い出そうとした時、頭がひどく痛んだ。呻く。
あの鱗のブレスレットはあるだろうか。思わず、縋るように手首に手を伸ばす。
あなたが身につけているのは絹の布一枚だけだ。
大事に持っているから心配しなくていいよ」
心配しなくていいって、何か心配するようなことが起きたのか?」
佐倉さんの様子はやっぱり変だ。
俺を守ろうとしてくれている。そうかもしれない。
それでも、明らかに変なことが起きているのに、何も言おうとしないなんて。
それは、変だ。
変なのは佐倉さんなのか。それとも、俺なのか。
予想していなかったことを言われて、不思議に思って服の首元を触れる。
オーガニックと無添加に拘ってみたんだ」
紙コップには麦茶が入っているようだ。
食事がつまらないっていうのも、な」
《SANチェック》
SAN46 → 45
本当に佐倉さんだろうな? 別人がなりすましてないだろうな?
じっ……、と佐倉さんの眼を見て、そこに嘘がないか、あるいは狂気がないか見つけようとする。
〈心理学〉は使えますか? 技能値は77です。
そうでなければこの上なく精巧な『偽者』であると判断する。
新たな狂気が精神を蝕んでいるようには思えないが、何かの影響下にはあるだろうか?
『偽者』だとしたら、本当に精巧だ。
そしてこれは、あの時の狂気とは違うものだ、きっと。
だとすれば、何かの影響で異常な状態になっている……。
聞いた所、佐倉さんは俺を『守ろうと』はしてくれているらしい。
問題は、それが何の影響なのか、だ……。
ところで佐倉さん、あの犬なんて名前だっけ? ほら、ずっと家で飼われてるあいつだよ。たまに脱走する奴と一緒の」
目の前の食事を見下ろしながら、そう問いかける。
とりあえず、偽者の可能性から排除しときたい。
記憶までコピーしてくる奴とかだったら、どうにもならないけど。
家に閉じ込めておかなければならなかったAliceは牧志の事で、よく脱走するBobは佐倉のこと。
こういった時に相手が本物かどうか判別するのに使ったりする。
『合縁奇縁コミュニケイト』より。
ああ、佐倉さんだ。少なくとも記憶までは。
突然オーガニックなんて言い出した時は偽物かと思ったけど、こうやって話してると、やっぱり佐倉さんかな、という気がする。
俺が本当に何かに狙われてて、でも言うことができなくて、おかしい振りをしているのか……。
そんなに心配しなくても、服の襟ひっかけたりしないよ」
箸は普通のものだろうか?
サラダは素手でも食べられるようなラップサラダだ。
食事の横には手をふくタオルのほか、殺菌消毒用のスプレーも置いてある。
▼〈目星〉どうぞ
家にいたってもう安心できないんだ」
何だかんだで俺達、こうやって生きてるんだしさ」
あの時みたいに不安に駆られている……、いや、不安に思わされてるのか?
そう思うような目に遭ったのか?
ヤスリでもかけたのだろうか、滑らかにつるつるだ。
そういえばテーブルの角もきれいに削られている。まるであなたが着ている絹のような滑らかな手触りだ。
遭ったらその時切り抜ければいいんだって言ってくれたの、佐倉さんだろ?
……食事が冷めちゃうな。ありがとう、頂きます」
状況と経験で人間言うことが変わるのは当たり前だろ」
あまり言い募っても、佐倉さんが辛いだけかな。
タオルにスプレーをかけて手を拭いて、唐揚げを一口食べてみる。
唐揚げはあっさりした味付けだが、肉の味がしっかり詰まっていて上品に美味だ。
出来立てほかほかとは行かないが、そこそこ暖かい。
美味しい。……ありがとう」
一口食べて異変がなければ、食事に手を伸ばす。
佐倉さんの様子は変だけど、とりあえず害意はない……、のかな。
佐倉はあなたが何かする度に大袈裟に慌てふためき、あまりにも心配性、過干渉、過保護だった気がする。
唐揚げの味に、不意に既視感がよぎった。
ここにいたことが、あるような気がする。
こうやって目を覚まして、心配されたのも、一度じゃないような気もする。
いちいち心配されるものだから、俺も何かするのが、少し怖くなっていたような……。
その時俺はこんな恰好だっただろうか?
今と同じように、日記帳も何も持っていなかっただろうか?
俺達もしかして、昨日もここにいた?
いつから、ここにいたんだっけ?」
ずいぶん安定してきたとこなんだ」
昨日新しい本を入れたから、読むものには困らないと思う」
佐倉は言って立ち上がり、空になっている皿があれば集める。
佐倉さんが出ていくなら、追いかけようとする。
今俺、力が出なくて大変なんだけど、手伝わせるわけにいかないもんな」
それじゃあ、と手を振って佐倉は扉の外に出ると、カチャリ、ガチャ、チキ、と金属音が鳴った。明らかに扉が閉じた、というだけではない物々しい音だった。
追いかけようとしたが、間に合わなかった。
明らかに物々しい音がした。
何が起きているんだ。
佐倉さんは何も言おうとしてくれない。
……このまま暮らしていていいはずがない。
シローのことだって心配だ。
何が起きているのか、確かめないと。
びくとも動かない扉に手を当てて、溜め息をついた。
俺が外に出たらどうにかなってしまうって、本当に思ってるのかな。
まあ……否定はできないんだけどさ。
探索箇所は以下の通りです。が、探索には制限がありますので、一カ所ずつ順に指定してください。
外には何が見える。ここはどこだ。
窓は開くか。開かなければ、割ることができそうか。
佐倉さんを置いて出る気なんかないけど、最悪何かあった時のために、退路は確認しておきたい。
一か所のみ日が差し込んでいることから今は昼間なのだろう。
光が差す窓を開けようとすると異常に気付く。鍵がかかっているようだ。
鍵を開けようとしても、クレセント錠の取っ手がねじ切られており開けることができない状況にされている。
窓はもう一カ所あるが……
最悪、体当たりして割るしかないな。
尖った物がないのが痛い所だ。
なんとなく見たことがあるようなないような、不確かなものだ。
かなり高い場所にあるようで、ここからの脱出は困難を極めるだろう。
ベランダなどはない。
窓ガラスがあるはずのそこに、木の板が釘で打ち付けられバリケードが貼られていた。
執念を感じるほどの釘の数だが、あなたが触れる側には飛び出る物がないよう綺麗にヤスリなどで削った形跡があるのがいっそ不気味なほどだ。
見た目は剣呑であるのに、触れるとつるりとしてむしろ気持ちが良いほどである。
その異様に怖気を覚える。
ヤスリで削ってこうしたとしたら、どれだけの時間と労力を費やしたんだ。
佐倉さんはいつから、「ああ」なっていた?
佐倉さんがこれをやったとしたら、どれだけ無理をしたんだ?
佐倉さんは、何をさせられている?
何もかもを放り出して、俺をここに、「安全」にしておくために……。
このカーテンや服を使って佐倉さんの首を絞め、気を失わせて、持ち物を調べて…… 一瞬そんなことまで浮かんだ。
だめだ、冷静になろう。怒りでやることじゃない。
胸に握った拳を押しつけて、息を吸う。
そんなことしたら、佐倉さんを殺してしまうかもしれないんだ。
俺達に何があって、いつからこうしていた?
普段と違う服を着ている以外は至って健康体だ。痣が少し熱を持って痒い。
健康体……とは言ったが、普段より身体が怠いような気はする。寝起きだからだろうか。
それとも体が溶けだしているのだろうか?
少しずつじわじわと、身体が溶けだしているような気がする……。
服を脱いで、身体と服をよく見てみる。
あれば鏡に、なければ窓に映して観察する。
また、痛む頭に傷などがないかどうか確認する。
あなたの頭にはとくに傷などはないように思う。
▼〈目星〉。
ここから溶け出しているのだろうか。
そこに触れると、身体が内側から鈍く熱を持った。
※お守りはないのでご注意ください。
足りない、欲しい。
生唾を飲み込むも乾きが収まる事は無い。お腹がくう、と小さく鳴った。
先ほど佐倉が持ってきたご飯を食べたばかりだというのに、飢えにも似た空腹感があなたを襲う。
《SANチェック》
欲しい。欲しくて堪らない。
腹の奥でじくじくと熱が疼く。
押さえた手がどろりと溶けた。
その場にへたりと倒れ込む。
欲しい。欲しくて堪らない。
飲み込んだ生唾がつうと喉を落ちていくのが分かる。
突然、強い眩暈が襲った。
視界が回る。吐き気が強く、立っていられない。
あなたは、そこで横になる他なかった。
欲しいものを思い浮かべれば、何故か佐倉の姿が脳裏に浮かんだ。
欲しい、欲しい欲しい欲しい。
激しい飢餓感と眩暈で視界がぐるぐると回る。
激しい吐き気が襲う。
欲しい。
欲しい。
ここには誰もいない。
助けて。
思い浮かんだのは、佐倉さんの顔だった。
助けて欲しいのか、欲しいのか、分からなかった。
あなたはそんな幻覚に苛まれながら、眠りに落ちた。
【2日目】
彼と自分の手が重なり合って、指が絡まる。
あなたが溶けているせいで、手は分かちがたく同化してしまっているのだ。
花のような甘い香りが鼻腔を満たし、くうと小さく腹が鳴る。
ぼんやりと、お腹が空いたとあなたは思った。
その部分から溶かす。溶かして少しずつ呑み込んで行く。
くぐもったうめき声をあげながら、その人はあなたの手を放さないどころか、
本能の震えを抑えようとするようにあなたの背に手を回して自らの体を押さえつけていた。
口の中に鉄の味が広がって、空腹感が薄れてくると多幸感に満たされた。
そのまま、あなたの意識は微睡んでいく。
これは、いつかの夢か。
それとも、現実という悪夢か。
目の前で佐倉が穏やかな寝息を立てている。
あなたと佐倉は一つのベッドでくっついて眠っていたのだった。
だが、夢では溶けて癒着していると思っていた手はいつかのようにくっついてなどいなかったし、
佐倉は息をしており、その体は温かい。
どうやらこれは、過去の夢ではないようだ。
はっ、と身を起こす。心臓が激しく脈打っていた。
思わず傍らの姿を確かめ、その身体が温かいことを確認して息をつく。
俺が佐倉さんを食べてしまうだって? しかも、それを嬉しいと思うだって?
そんなわけがない。そんなはずがない。
あの時だって、溶けてしまったあの時だって、佐倉さんを取り戻したかったのに。
倒れる直前に感じた空腹は異様で、異常だった。
夢の中、だけじゃない。倒れる前、確かに俺は、佐倉さんを……、欲しい、と思っていた。
訳の分からない空腹に夢中になって、食べることしか考えていられなかった。
あの空腹感は、まだそこにあるだろうか?
……本当に?
佐倉はあなたを見て嬉しそうに笑う。
そしてゆっくりと身を起こした。
ベッドに上げるの大変だったんだからな?
頭打ってないか? よく眠れたか?」
大丈夫、頭は打ってない。
なあ、佐倉さん。
俺の腹の、この模様のこと、何か知ってるか?」
近づけば佐倉さんを食べてしまうような気がして怖く、飛び退いて距離を取る。
服をめくって、下腹部の模様を佐倉さんに見せる。
無理はするんじゃないぞ」
ベッドに登れなくても眠れるように、何か持ってこないと」
▼〈聞き耳〉
香水だろうか。まるで虫を誘う花のような―――
▼【POW】×5
ほしい―――、頭の中で唯一とどまった感情がそれだった。
彼の体温が。
手が勝手に彼の服を掴んだ。
食べたい。
喉が勝手に鳴った。
甘い、甘い甘い香りに思考が満たされて、考えていたことが何もかも消え去る。
喉が鳴る。
思考ではないものが口を動かして、勝手に名を呼ぶ。
思考ではない所から何かが湧き出して、感情を染める。
思考ではないものが本能、感情、そして意識を、下からひとつひとつ塗り替えていく。
そうだ、欲しい。俺はお腹が空いている。
お腹が空いているから、佐倉さんを食べたい。
言葉までやってきた直後に、理性が音を立ててそれを否定した。
そんなわけがない。さっきまで恐れていたのに、食べたいだって?
食べてしまったらどうなるか分からないのか。分からないのか!
強く唇を噛み、血を流して我に返ろうとする。
違う。欲しいのはこれではない。これではない。
欲しいものは目の前にある。
腹が減っているなら俺のをやるから」
そこには無数の歯形が刻み込まれ、いくつかは皮が剥がれている。
なかにひとつ、真新しい傷があった。
それは今朝夢現にあなたが囓った痕跡。
まだじわりと血をしみ出させている。
いつかのような捕食者の鋭い牙を持たないあなたの歯が無遠慮に抉った傷は、痛々しく……
いや、美味そうに、誘うように、あなたの目の前にさらけ出されている。
その傷を目の当たりにして、分かってしまった。
あれは夢じゃない。現実だ。俺は本当に佐倉さんを食べてしまったんだ。
しかも一度じゃない。
何度も。何度も何度も。今だって美味そうで美味そうで食べたくてたまらない。
どうして佐倉さんのこと食べたいなんて、そんな、食べたくなんてないはずなのに、どうして」
どうして俺、こんなになってるんだろう?
なんで腹が減ってたまらないんだろう、なんで佐倉さんはそれを受け入れてるんだ?
佐倉さん、知ってる?」
自分自身の異変に驚愕し、混乱し、後ずさりしながら、教えてくれとわめきたてる。
眼から肩、身体へと視線を移していく。
俺はおかしい。でも、佐倉さんも間違いなくおかしい。
▼〈目星〉
昨日はいつものパーカー姿で長袖だったため気づけなかったが、
目覚めたばかりで薄着をしているためまざまざと見える。
噛んだ跡、切ったような傷、一部治療しようとしたのか包帯も巻かれている。
その腕だけでなく、胴体にも。
そして、首にも赤黒い痣のような物が残っている。
あなたのその鋭い視線は、離れていても僅かに他と違う痕跡を発見した。
そのうなじの部分にだけある、広範囲で無遠慮な他とは違う、小さな傷跡だ。
もう、何日こんなことをしてたんだよ。
何日俺は、佐倉さんにこんなことをして過ごしてたんだ。
酷い傷だらけの姿を見て怖気がした。同時に、それをやったのが全部俺なのかもしれないってことに、一番怖気がした。
俺はやっぱり化け物だったのか。
佐倉さんを食べたがっているのか。
あいつらに会って目覚めてしまったのか。
それでも半分習慣になってしまったように、視線は佐倉さんの身体に違和感を見つけ出した。
その傷……、その首の傷も、俺がやったもの?」
自分の首の同じ位置に手を這わせ、問う。
うなじに刻まれた傷跡。
その傷の位置は、激しい怒りにまみれた記憶を思い出させる。
視界が一瞬真っ赤に染まった。
さっきとは違う意味で、視線が、指先が震える。
近づいて、彼の首筋をよく見る。
それはあの時の傷跡だろうか、それとも?
脊椎に直接薬剤を撃ち込み、脳に働きかけるためだろうか。
そこをのぞき込むと、花のような甘い香りが更に濃く香った。
手で鼻を覆って、首筋から目を離す。
間違いない。佐倉さんは何かをされている。
俺も、何かをされている。
俺が化け物なんじゃない。俺も、そうさせられているんだ。
ここは俺と佐倉さんの場所じゃない。
誰かが、何者かが、佐倉さんの意思を操り、支配し、俺達をここに閉じ込めている。
それじゃ、食事を持ってくるよ」
佐倉さんが外に出る一瞬、外の様子を確認しようとする。
おそらくこれもあなたの記憶にはないだろうと思えた。
そして扉が閉じ、外から錠がかけられる音がする。
部屋の椅子が昨日と変わっていた。
昨日までは一般的な4本足の木の椅子だったのだが、今ここにあるのは、体の形にそって削り出されたような柔らかな曲線の大きめのチェアだ。
座ってくつろげばどんなに快適だろう。
あ、目覚めるごとに正気度リセットしてください。
だから今は44からですね。
昨日の話からして、これは佐倉さんが削りだしたものなんだろう。
俺の世話をして、俺を閉じ込めて、俺に食べられて。
その注射針で佐倉さんを支配して、そんなものに貶めようとしている奴が、いる。
佐倉さんの柔らかい笑顔を思い出すと、激しい怒りが巻き起こった。
きっと悔しいだろうに、悔しかったはずだろうに、悔しいとすら思えないようにされている。
きっとその理由が、俺と佐倉さんの中にあるんだ。
……知らなくちゃいけない。
俺のこの激しい食欲は何なんだ。どうして、佐倉さんを欲しがるようにされてる。
俺は、何をされた。
腹にあるのはあの奇妙な文様ばかりだ。
触れるとあの甘い香りが狂おしいまでに欲しくなる。腹が減る。
その異様な食欲はあなたの内から湧き出ているに違いないのに、それが何故なのかはあなたには分からなかった。
欲しいのは佐倉さんじゃない。あの甘い香りを求めさせられているだけだ。
佐倉さんを食べたいんじゃない。そうさせられているだけだ。
決意を固め、まずは本棚を確認する。
佐倉さんが何か残してくれていないか。何か手掛かりになる物が紛れ込んでいないか。
あまり大きくないが、あなたが普段読んでいるような本が集められているようだ。
▼〈図書館〉
……ああ、俺のために用意されたものだな、と思って、少し胸が痛む。
佐倉さん。
そういえばシローが虫に興味を持ったので買った物だったように思う。
あなたの本の中に混ざっていたのだろうか? 一つ異質と言えば異質な物だ。
その本を開いて少し見てみる。
弱肉強食の自然界で生き残るために、宿主を作り寄生する生き物も少なくはない。
寄生虫とも呼ばれ、ハリガネムシなどが有名だろう。
カマキリやコオロギに寄生する水生生物で、乾燥すると表面が固くなり針金のようになるためそう呼ばれている。
大きくなるまでカマキリやコオロギの体内で過ごし、十分に成長するとカマキリを操って入水自殺させる。
寄生と一言で括っても幅広く、ハリガネムシのように自ら宿主に寄生するものもいれば、卵を産み付けるものなど様々な生き物がいる。
牧志 浩太 - 今日 20:51
CCB<=98 (1D100<=98) > 70 > 成功
寄生生物、か……。ふと嫌な気分に襲われて、首の後ろを撫でた。
あの時も、そうだった。食べるべきではないものを食べたくて堪らなかった。
俺は食事を摂ったはずなのに、腹が減って減って堪らないあの感覚。
俺の中に、何かが…… いるのか?
何かがいて、そいつが佐倉さんを、いや、あの甘い香りを求めているのか?
その記述は虫の話だと思えば興味深く読めるが、俺や佐倉さんがそんな目に遭っているかもしれない、と思えば、怖気しかしなかった。
俺の中に何かがいるかもしれない。
佐倉さんは俺を守らされている。
……この蜘蛛みたいに、その「何か」が育つまで?
操られて、俺の中にいる何かを守らされ……、餌にされて……、俺もろとも、最後には、喰われて。
怖気がして、何より腹立たしかった。
俺を守らされている割には、ここを空けることが多い。
昨日は椅子を削っていた、んだろうけど。
もしかして、他にも何かさせられているのか?
状況を報告させられている、とか……、実験台にされている、とか。
扉の横に隠れておいて、佐倉さんが戻ってきた隙に外へ出るとかもどこかでやりたい所。
また、家具を見て思った「変わっている」という印象は何に対して抱いたものか考えてみる。
このテーブル含め家具は皆、なめらかに削られて角に体をぶつけても怪我がしづらいようになっている。
元々そうであった物もありそうだが、執念と言っていいほど角が排除されている。
▼〈目星〉
あなたが前に佐倉に渡したメモ帳を破ったものだと分かる。
走り書きが日付とともに残されている。
『変な男に声をかけられた』
あの時の男 まだいる
牧志に声をかけてる
牧志は俺の
▼〈精神分析〉
これは。これが発端かもしれない。
変な男だって?
その一週間後には、もう佐倉さんに異変が起きているように見える。
でも、その時にはまだ俺は外にいた……。
佐倉さんに異変が起きているのに、俺はのうのうと過ごしてたのか?
▽両方のメモの裏を見て、何か書かれていないか確認する。
▽二つ目のメモを光に透かして、何か読み取れないか試みる。
なければ、本棚の本の間に隠しておく。
▽一か月前に何があったか思い出そうとしてみる。
▼【アイデア】/4
頭が痛い、俺の中に何かいるせいなのか……? そいつに、邪魔されているのか?
この感覚は以前感じたものと同じだ。また気を失ってしまうのだろうか。
身体は重力に耐え切れずに倒れこむ。
あなたの腹の底が、彼を求めているだろう感覚が最後まで残っていた。
今、動けるのは俺だけなのに。
自分の不甲斐なさに怒りを覚えながら、重力に耐え切れずに床へと崩れ落ちた。
また佐倉の様子がおかしい。
一体何を恐れているのだろう。
【クトゥルフ神話TRPG】
本作は、「 株式会社アークライト 」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。
Call of Cthulhu is copyright ©1981, 2015, 2019 by Chaosium Inc. ;all rights reserved. Arranged by Arclight Inc.
Call of Cthulhu is a registered trademark of Chaosium Inc.
PUBLISHED BY KADOKAWA CORPORATION 「クトゥルフ神話TRPG」