こちらには『あのこが巨大化するシナリオ』
のネタバレがあります。
牧志 浩太
お人好しで温厚、だが意思は強い好青年だったが……。
とある事情で二年より前の記憶の大半を失い、代わりに悪魔使い波照間紅の記憶を持っている。
首から胸へと続く奇妙な【契約】の痣がある。たまに痛むという。
生贄体質らしく、事件に巻き込まれることが多い。
少し前に狂気に冒され、自分が不定形の化け物であり、自分の心や意思も化け物の模倣ではないのかと恐れるようになった。
佐倉とは友人。
佐倉 光
サマナーで悪魔退治屋。ハッカーでもある。
基本、知性・理性・効率、そういったものを重視する冷静な青年。とある事件より、体中の痛みに悩まされている。
基本悪魔を召喚して戦うが、悪魔との契約のカードを使ってその力を一時的に借りることもできる。
最近、牧志そっくりの異星人……の記憶を保持する物体X六人との契約を行った。
巻き込まれ体質らしい。
最近いきなり起きる不随意運動に悩まされている。牧志の心音を聴くと精神が安定するためか治まる。
また、一日前に大変な目に遭った結果新たな狂気に冒され、自分が佐倉光のコピーであり、本物は様子がおかしくなってしまったと思い込んでいる。
牧志とは友人。
シロー
とある事件以来、特殊な事情のため二人が面倒を見ることになった少年。
超美形で類い希な理解力と知性を有する。
年齢は7歳程度。生育環境が特殊だったため、一般的な教育を受けていないので、言語が年齢の割に幼い。最近になって急に一般的な生活を送り始めたので、外界への興味が強い。
牧志浩子と五人
少し前に現れた6人の異星人。佐倉と契約して彼の仲魔として存在している。
その正体は、何にでも変身して喰らい殖える不定形生物だったが、事故により『人間』としての意識を持ち、増殖を抑えてこの星での人間との共存を試みている。
古島はそのひとり。
『デカァァァァァいッ‼ 説明不要🗼』
―― Call of Cthulhu 6th『あのこが巨大化するシナリオ』
待鳥ちあま 様
本編とは雰囲気が異なるでしょうし、あちらのネタバレがバリバリに入るので、リプレイではそこだけ閉じるなどしてやってください。
お手数をおかけします。
楽しみ!
前日譚(『青に染色』ネタバレ)
疲れ果てて血液を失った肉体を泥のように横たえ、眠りについた翌朝。
判然としない眠りの中で、青に溶けた夢を見た。拘束されたまま隙間からはみ出して無限に広がる。
牧志を呑み込んで研究所を呑み込んで星を呑み込んで……、 あなたはこの星そのものになっていた。
目が覚めるとあなたは自室のベッドの上にいて、拘束されてはいなかった。
あなたは人の形をしていて、巨大ではなかった。
多分あの夢は俺に食われて死んだな。
汗をぬぐってカーテンを開けて指先を確かめる。
あんなことになるなら拘束を受けていた方がまし?
いや、どっちもごめんだな。
つーか不定形生物に拘束衣だのベルトだのって意味ねーだろ。俺が変異した後どうする気だったんだあいつら。
俺は人間でなくてはならない。
そして佐倉光は死んでいない。ここに間違いなく生きている。
俺は一生、その存在が地続きではないという真実を口にしなければいいだけだ。
悪魔をだまくらかすのと大して変わらないだろう?
と訊いてみよう。
乾いたタオルで顔を濡らす水をしっかり拭いてから、止めていた息を吐いて振り返った。
あの時にやられたせいで、ちょっと顔に水かけるの怖くてさ。
人間って、顔に濡れた布乗っけただけで溺れるんだな」
ネットで様々な知識を漁るあなたは思い当たるかもしれない。彼が何をされたのか。
やる方の心理的負担もそう高くはない分最悪のやつ。
面積が少なければマシかもしれないしさ」
シローのシャンプーハットあんまり借りてるのも何だしさ」
借りたらしい。そういえば髪を洗った跡があり、シャンプーハットが風呂の前に干してあった。
シロー当人は使わなくてもいいのに、水の音が好きらしくちょくちょく使うやつだ。
気休めではあるがそう声をかける。あいつが死んでいようと怖いものは仕方ないよなぁ。
牧志は俺を助けるためにそんな目に遭ったんだ。
いや、その時点じゃ俺じゃなかったのか?
考えないことにしよう。俺は俺。俺は佐倉光。
牧志は自分に言い聞かせるように、少し歪に笑った。
そうして、偽物のあなたの一日が始まる。
あなたがあなたであると信じ切って、牧志は、シローはあなたに笑いかける。
あなたがそうしようと手を伸ばせば、何もかもあの青に埋めてしまえるに違いないのに。
知ったら、彼はどう思うのだろうか?
あなたを願い、あなたのために怒り、あなたのためにあれだけの苦痛を厭わなかった彼は?
その怒りをあなたに向けるのだろうか。
あなたの腑を裂き、本物の彼を取り戻そうとするのだろうか。
自ら『佐倉さん』を殺してしまった自身を呪い続けるのだろうか。
それとも、あなたを望んでくれるのだろうか。
食事をしたからってあの青が再び手から湧いて出るわけではない。
COMPは俺を佐倉光、人間と認識して悪魔召喚の業を繰る助けとなってくれる。
時折エラーが出るのは人工生命体Xの侵食により破片が体内に残っているためだ。
それは決して俺が今、人間どころか自分を偽ろうとしている悪魔だからではない。
なんとなく食欲が出なかった。
俺が俺であれば何の問題もなかったはずなのに、
どうして俺はこんなに自分が偽物かどうかなんてくだらないことを気にしているんだろうな?
牧志は心配そうにあなたの顔色を見る。
悪いな、後で食べるよ」
食事の残りにラップをかけて冷蔵庫に入れる。
思っていた以上にきついな、この矛盾は。
じゃあシローの分だけ用意して、俺も友達と呑んでくるかな」
牧志はあなたにそう告げて、家を出ていった。
シローも今日は出かけていて、ふと寒さが降りたような空間に、あなたひとりしか息をするものはなかった。
一人であれば問題はない。
ここには俺である俺しかいない。
キーボードとモニターを通して憂さ晴らしをする。
今後のためにも徹底的に。
猟犬みたいに例の掲示板の管理者を割り出して、情報を警察に投げる。
あとはあいつがやってくれるだろう。
気付いたら部屋が暗くなっていた。
最近の彼はそういう時でも、完全に人通りが途絶える前に帰ってくる。
……大学で色々な噂が立っているとかなんとか。
仕事が終わって気持ちが落ち着くと、何となく朝の様子を思い出した。
水への恐怖心のせいだと思ったけど、それだけでは説明がつかないような気がする。
牧志は今どうしているんだろう?
気づくとすっかり夜も遅くなっていた。
どうしているだろうか、と考えたタイミングで牧志が帰ってくる。
少し酒の匂いがしたが、酔っ払っているという程ではない。
眠たそうなのは、単純に体力が戻りきっていないのだろう。
体調おかしくないか?」
探るように声をかける。
牧志は大きく欠伸をする。
腕の何もない所で、何かを掬い上げるような仕草をしたのが見えた。
扉に縋り、ずるずると脚で這って室内に入っていく……。
ここまで泥酔しているようには見えなかったのだが。
肩を貸してやろうと手を差し出して引き起こす。
よっぽど眠いのか、何を言っているかよくわからない。
あなたに肩を貸してもらい、だらりと無防備に体重を預ける。
そんなに酔っている、と思う程強い匂いはしなかった。牧志を泥酔させるなら相当量の酒が必要なはずだ。
珍しいこともあるものだな。
よほど美味い酒でも飲んだんだろうか?
随分カオスな夢を見た気がする。
その夢の中であなたは小さくなって瓶の中に入れられ、さらに小さくなって牧志の肩によじ登り、もっと小さくなって耳の穴に入って、出ようと迷っていたらうっかり脳味噌の中に入ってしまったのだ。
脳の中は生暖かく、柔らかくて、絶えず光が瞬いていた。
折角だから牧志の脳の中に散らばった恐怖や痛みをひとつひとつ拾い集めて歩いていたら、気がつくと朝になっていた。
両腕一杯にトゲトゲした痛そうなものを拾い集めて、なんとなく囓っていた。
さすがにこんなの全部食べられないな、と思った瞬間に目が覚めた。
そういえば牧志が、夢の中で物を食うと目が覚めるとか言ってたな……
食べようとしたら、だっけ?
随分よく寝たらしく、身体も思考も澄み渡っている。
いい朝だ!
あ、昼だ。思った以上に寝てしまったようだ。
自分の頭の中に積み上がっていた物まで拾い上げて食い尽くしたように。
何をどう考えたら俺が偽物って話になるんだよ。バカみたいだ。
くすくす笑ってしまう。
捕まったのは俺、血を採られたのは俺、COMPだって俺だって判定している。
そもそも俺が偽物になる隙も、あのガキが本物になれる流れもなかっただろうが!
一回でも真面目に考えたことがあったのか?
バカだな。バカすぎるだろ?
マジで何か住み着いてたんじゃないのか!?
笑いながらリビングに出る。
シローが嬉しそうにあなたに駆け寄る。
牧志は片手で菜箸を手にして、卵焼きを焼いていた。
笑いすぎて泣いている。
ごめん、全然気づいてなかった……、えっ、でもどうしてそうなっちゃったんだ。俺ならまだしも」
本物がおかしくなって化け物になって死んだのかと思って、めっっちゃくちゃ悩んだんだよ。
縛られたのが俺で、血を抜かれたのが俺で、マザーにされていたのも俺なのに、
それでどうして偽物だなんて思い込んだんだろうな!?」
笑いすぎて呼吸困難になっている。
あれは佐倉さんじゃなかったよ、全然。全く。
それどころか、心すら持ってなかった。それっぽく鳴くだけの奴だった」
牧志はあなたに近づき、背を抱くようにして笑い過ぎてむせているあなたの背をさする。
ゲラゲラ笑って、涙を拭いて、息を整えて、しみじみと呟く。
そんなの今生きている俺が俺のために生きていればそれでいいってな」
やっぱり牧志は『本物』のほうが良かったんじゃないかって、思ってさ」
あなたの背を抱いて、牧志が微かに笑った気配がした。
あれ? あー、口に出してなかったかもな。
でも正直、あいつと一緒に帰りたいとは思わなかったからさ。
あいつの中には本当に……、何もなかったから。
もし、佐倉さんだったものだとしても、本当に、何も。
で、もし佐倉さんがコピーだったら、先輩になんとかしてもらおうと思ってた」
ぶん投げた結論をあっさりと口にして、牧志は微笑んだ。
ん?
自分の好きな方連れ帰る、とでも言っているに等しいのではないか。どうやらこの相棒は危ない。
しってた。
大体人間自分に見えるものを判断材料にするしかない。
どこまで行ったって結局は「自分が選んだもの」を信じるしかないんだ。
牧志はそっと手を離し、卵焼きをフライパンから上げて皿に盛る。
今日の卵焼きは古島さんリクエストのスパイスましまし卵焼き」
シローと一緒に遊んでるのも楽しそうだったけど、やっぱり不自由はあるだろうしさ」
背格好に似合う服を着た古島が、あなたの横に並んだ。嬉しそうに手を合わせる。
卵に箸をつける。
遠慮も悩みもなしに食べる食事は、最高に美味だった。
牧志はなんだか複雑な顔をした……。
牧志の表情からただならぬ物を感じた。
シローが不思議そうな顔をした。
なお、シローの分だけは辛くないのにしてある。
後で訊こう。仲魔の状態は把握しておくべきだ。
……訊いた方がいい、よな? プライバシーの侵害だったりするのか?
今回は本人が言おうとしていたからいいとしても、言いたくないようなことなんかも当然あるだろうし……
仲魔のプライバシー問題とは……。
まあ、エンジェルさんと同じようなものといえばものかもしれない。(エンジェルさんに怒られそう)
毎日一錠ずつ飲む薬とともに。
古島の服の下については、改めて聞いてもよいし、聞かないことにしてもよい。
そんなあれこれの衝撃で、牧志の様子が少し変だったことは忘れてしまっていた。
ようやく牧志が水を怖がることもなくなり、一日一度の薬も習慣になってきた、そんな夜。
咳が出る。いつもの痛みとは違い、節々が痛む。体は熱っぽくだるい。
動けないほどではないが、いつもの痛みと合わさると大層わずらわしい。
牧志はそんなあなたを、横で看病してくれていた。
インゼリーと水買ってきてくれる?」
頭が働かない。こういう時は寝てしまうに限る……
こういうのはさっさと寝て直してしまうに限る。
不快な熱に弛んでいく意識の中、牧志が傍らを離れる気配を感じた……
何かどっかで覚えのあるような光景だ。なんだっけ?
時間を確認して、枕元にあった水を飲む。体調はどうだろう?
その刺激であなたは目を覚ます。
十分眠ったからだろうか、体調はすっかりよくなっていた。
昨日の熱っぽさも怠さも、頭にかかった霧も晴れて、最高に普段通りのあなただ。
枕元に置かれた水を飲めば、水分が心地よく喉を滑り落ちてゆく。
頭上に見える青空も晴れやかで、今日はきっと、いい天気になるのだろう。
そういえばX牧志連中昨日出してやれなかったな。
牧志やシローはいるだろうか?
シローが元気よく手を振る。
リビングは朝の光に照らされ、優しい雰囲気を湛えている。
おや、牧志はいないようだ。
シローが心配そうにあなたの顔を覗き込む。
シローはうつったりしてないか?
腹減ったなー。何かあるかな……」
食料棚には自分達向けのカップそばや缶詰、レトルトのほか、シローのための品々もある。味噌と一緒にお湯注いで食べると美味しい分厚い鰹節も健在。
この家には何かと備蓄されているのだ。
今のあなたはすっかり体調を取り戻し、何を食べることもできるだろう。
あと自分達が籠城する羽目になったとき用。
シローは頭上に広がる青空を、その小さな指で指した。
上? 釣られて窓の外を見る。
……一瞬見えた風景が何だか変だ。
何かに半分覆い隠されているような。
缶詰を手に持ったまま窓に近づき、見上げる。
何か……、何だろうこれは。呼吸するようにか脈動するようにか、時折微かに動く、布のような質感の何か……。
ブルーシートの類いじゃないな。
窓を開けて上をよくよく見てみる。
ベランダに出ると、あなたの視界に巨大な布のようなものが覆い被さった。
何だか生暖かいような熱を、その向こうから感じる。
振り向いてシローに問いかける。
だとしたら結構な大事件じゃないか。
COMPに触れてスキャンだ!
みんなしってる
有名人だな牧志!
針通らなさそう。
さすがに赤血球は50倍になってもまだ0.0005ミリメートルくらいにすぎないので目には見えなさそう。
シローはあなたが慌てているような様子を不思議そうに、小さな首を傾げた。
この上にいるだろう牧志に反応しているのだろうか?
あなたが声をかけたその時、微かに動いていただけだったそれが、びくりと大きく震えた。
その内側にある肉の弾力があなたの頬に押しつけられ、いよいよそれが、布のような何かに包まれた巨大な生き物の肉だと分かる。
遥か頭上から牧志の声が降り注いだ。上から叫んだのだろうか、涙声の割に大きな声だ。
デカァァァアイ!
はっ、牧志の心音もデカァァァアイ!?
それは一度聴かなければ。
否応もなく理解させられる。これは異常事態だ。
壺川の声を思い出すような情けない涙声が降ってくると共に、ぼとりと頭上から大きな水滴が襲ってきた。
……少ししょっぱい。
牧志がそれの上にいるのでは、ない。
見慣れた色は牧志のズボン。
生暖かい肉は牧志の肌。
あなたが触れているのは──
途方もなくデッカくなってしまった、牧志なのだ。
本編見る!
《SANチェック》。
1d3 Sasa 1d3→3
SAN値 50 → 47
HP 10 → 9
体の関節全てが痛み、ばらばらになりそうになる。
全身が引きつって呼吸がまともにできないほどの衝撃がはしる。
ベランダに座り込んでうめき声を上げる。
牧志から事情を聞きたいのに体が痛みひきつり、まともな思考をも妨げる。
牧志はあなたに手を伸ばそうとしたのか、目の前の巨大な肉体がゆらりと動いた。
巨大な指が目前に迫り、触れようとして躊躇う。
あまりにもあまりの、大きさの差。
《SANチェック》。
《SANチェック》 47 → 46
それにしてもここまで巨大なものとなると初めてだ。
というか牧志? だよなこれ?
さすがに本能的に来るものがある。
体の震えが止まらない。頭ががんがんする。
相手が牧志である、という認識とは全く無関係に奥歯がかちかちと鳴る。
先程見えた穏やかな窓辺は、ベランダの窓をいっぱいに占める生き物の、座り込んだ脚の間から辛うじて覗いていたものなのだと、あなたは気づいてしまうだろう。
駄目だ、喋れない。
必死で振動を止めようとするように自らの胸を押さえ込む。
話を聞いて助けてやらなきゃいけない時に、なんてザマだ。
牧志は座り込んだまま無理な姿勢でなんとか顔を近づけようとして痛い痛いしています。背筋、いたい!
牧志の肩がびくりと震えたように、遥か頭上遠くで見えた。
ぎしりと巨大な骨が鳴る。何かがあなたの視界に近づいてくる。
それは巨大な顔だった。その中に浮かぶ、これまた50cm近くある巨大な眼が、目を眇めて必死にあなたを見ようとしていた。
頭上から響く牧志の呻く声。ぬう、と迫る指先が、不随意運動の中に埋もれていくまま抵抗できないあなたの身体に近づく。
手を握り、体を丸め、腕や足を縮めるように努力する。
震えるのは不随意運動だけではなく、恐怖も確実にあると認めざるを得なかった。
佐倉のサイズは小指くらいかな。
何度か慎重に感触を確かめ、頭部に触れないようにあなたの胴体を摘まむ。
いや、恐怖で動けないだけなのかも知れない。
慎重につまもうとする感覚に、「やっぱり牧志だ」と思ったり、「そうは言っても簡単に潰れそうだ」「それを恐れるあまり、つまみ上げたところで力を抜きすぎたら」という恐怖が混じり合って変な笑いが盛れた。笑いは不随意運動で歪んでわけが分からない引きつったような声になった。
ふわりと身体が浮き上がった。
ベランダの地面が遠ざかっていく。
あなたは巨大な指に支えられて宙に浮かぶ。
巨大な指以外にあなたを支えるものはなく、少しでも力が強くかかればあなたの内臓は無惨に潰れ、少しでも手が滑れば……。
幸いそのどちらも起きることはなく、あなたはまず巨大な掌の上に乗せられる。
あなたを潰す心配がなくなったことにか、牧志は小さく息をついた。
鼻息でも吹き飛びそうで怖くて、手の皺に指先を引っかけた。
風があなたの髪を揺らした。
あなたを掌の上に乗せたまま、牧志が数度深く呼吸をする。
再び襲う浮遊感。
掌ごと、あなたの身体が上に移動させられてゆく。
見る余裕があれば、巨大なシャツの壁の向こうに胸ポケットが見えるだろう。
牧志はもう片方の手でポケットを探り、穴がないことを確認している。
眼下にお椀状に曲げた手が添えられてこそいるが、緊張に耐え切れなくなってか、指先が微かに震えていた。
その振動が直接あなたの身体を揺さぶる。
震える視界で辛うじてとらえ、再び緊張のあまり息を詰める。
何を考えているんだ? どこかへ移動するのか?
あまりにも高い視点に頭の芯がぐらぐらする。
あなたの目前でポケットが広げられ、そして──
指が離された。
あなたは布で包まれた狭く、微かな湿り気のある、生暖かい空間に着地する。
どくん。
目の前の生温かい壁から、聞き慣れたリズムの音が聞こえた。いや、あなたの全身に響いた。
どくん。
緊張の残滓で少し速いそれは、牧志の心音だ。
あなたは心音に包み込まれていた。
外の様子が服の縫い目を通して、ぼんやりと透けて見える。
微かな圧迫感と、体温と、心音があなたを包み込んでいた。
俺が発作を起こしていたから、気にかけてくれたんだな。
でかくなってもやっぱり牧志は牧志だ。
心地よい振動が満たす空間に身を委ねる。
胎内とはこんな感じなのだろうか、とぼんやり考えながら少しの間目を閉じた。
全身温めるマシンに入ったみたいなヤツ。
牧志が〈応急手当〉を試みた扱いとします。
1d100 61 〈医学〉 Sasa 1d100→ 48→成功
1d3 Sasa 1d3→3
全身を包み込む体温と緩やかな振動が、あなたの不随意に跳ねる筋肉に染み込み、痛む身体を緩めていく。
暖かさに包まれていると、体の痛みが抜けてゆくようだった。
いつまでもこうしていたい気もしたが、牧志がこうなった理由を聞かなければ。
そして何とかなるものなら何とかしてやらないと。
ポケットの中に指を入れてくれれば自力で登ってみる!」
遠いもんなぁ、叫ばないと聞こえないよな……
にゅっ、と目の前に文字通り丸太のような指先が差し出された。登りやすいようにと考えてか、小指だ。
こんな状況でも、『蝙蝠のようだ』などと評された耳は健在らしい。
指に抱きつくようにしてなんとか体を落ち着けた。
あなたは意図せぬアスレチックを一歩、一歩とこなしていく。
巻きつかれた瞬間に牧志が変な声を上げたが、些事だ。
牧志からすると、小指に小さなものが巻き付いて…… 確かにレアな感触かもしれない。
外の風が汗を冷やして心地よい。
前を向けば、山のような牧志の脚の向こう、見慣れた街の風景が眼下に広がっていた。
そして傍らには、自宅のリビングでシローが手を振っているのが小さく見えた。
思わず笑ってしまう。
シローに手を振り返し、さてどうしたものかと考える。
牧志に話を聞かないと。
しかし自衛隊とか来ねーかな? そんなすぐには来ねーか。
波照間さんにだけ連絡入れとこっと。
……でも、おかげでちょっと気持ちが落ち着いた。ありがとう」
苦笑する牧志の声が、頭の上から降ってくる。
まるで自分が小さくなったようにも思える状況だったが、眼下に広がる街並みを見遣れば、確かに牧志が大きいので間違いないようだった。
牧志の手の上であぐらをかいて、話を聞く姿勢になる。
重量とかそういうの全部無視で巨大化してるっぽいけど。
俺がぶっ倒れている間に何があったんだ?」
でも、そういえば昨日、変な夢を見たんだ。
近くの小学校、あるだろ? 大きな公園と一緒になってるやつ。
夢の中で俺はあそこに立ってて、星空を眺めてたんだ。
そうしたら流れ星が降ってきて、俺の額に、ゴツン! ってぶつかって。
目を回して、そこで目が覚めた……。
で、目を覚ましたら、こうなってた」
広い公園はそれなりにあるからオケオケ。
そして意味不明のことを言い出している牧志。
手がかりもないし、ひとまずそこへ行ってみるか? 行けそう?」
所在なさそうに座り込んでおり、周囲の物を潰さないように、少しぷるぷるしながら尻を引っ込めている。
……彼の尻の下にあったものはどうなってしまったのだろうか?
彼の眼にまた涙が滲む。
さっきの反応だと悪魔扱いじゃないから、COMPでどうこうって訳にはいかない。
牧志の尻の下に何があったかは考えないようにして見下ろす。
あなた達を見上げて小さいスマホを掲げる小さい野次馬、なんだなんだと窓を開けて目を円くする小さい近隣住民、あ、前にスマホ見つけてやった兄ちゃんだ。
パトカーから小さい警察官が出てきて、拡声器を手に喋りだす。
あ、違う。
彼らが小さいのではなく、牧志がでかいんだった。
そして掌の上にいるあなたも高い位置にいるだけだ。
牧志は情けない声を上げた。
頭に手を当てため息をつく。
どうしようこれ。
1d100 85 【アイデア】 Sasa 1d100→ 88→失敗
1d100 90 【アイデア】 Sasa 1d100→ 98→致命的失敗(ファンブル)
ほんとうにどうしようこれだ。
次から次へと集まってくるパトカー。
口々に喋り合う野次馬の声。
スマートフォンのシャッター音、は流石に聞こえないが、なんということかヘリコプターの音まで聞こえ始めている。
まずい。
あなたを乗せた掌が震えている。
牧志がちょっとキャパオーバーになりかけている。
それでもあなたを取り落とすまいと必死に掌を固定しているが、牧志にどうにか冷静になってもらわねば、何かとまずいことが起きそうだ!
ゆれ、ゆれ、揺らさないでくれぇ」
牧志の袖にしがみついた。
牧志は慌てて、袖にしがみつくあなたを拾い上げる。
おろおろと慌てる身体が傾ぎ、よろめいた。
野次馬が、パトカーが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
すんでのところで誰かを押しつぶすことはなく、牧志の片手が地面に着地した。
誰かの家はつぶれた。電柱もつぶれた。もうもうと土煙が巻き上がった。
あなたは反対側の手の中でその惨事を目にしていた。
引っ越しかなーこれは。
せめて中に誰もいなきゃいいんだが。
これ全部夢ってことになんねーかなー
遠い目になってしまった。
とはいえ夢だろうが現実だろうが破壊は面倒……いけない。
つーか溶けてないから。溶けるって何。そんな暑くねーし」
パトカーは何やら応援を呼んでいるし、野次馬は騒然としているし人は逃げ惑っている。
このままここにいるのはまずい。まずいが……。
警察の誘導で周辺一帯から人が避難しようとしているのを見て、あなたは思う。
あの公園、指定緑地だか何だかで、なかなか大きかったはずだ。
警察に事情(?)を話して周囲の人を避難させてもらい、牧志と一緒にあそこに移動することができれば、調べることもできるし、牧志がよろめいても周囲を破壊せずに済むのではないか?
幸い、ここからは近所だ。
道中の建造物は…… どうしようもないが。
牧志に向かって声をかける。
一番下まで下げなくていいぞ。捕まって説明求められても時間の無駄だからな」
牧志が頷いて手を下ろせば、辺りに残った警察官たちがざわめき、身構える。
あなたの視線が地上に近づき、乗り移れない程度に浮いた所で止まる。
僕たちにも何が何だか分かってないんですけど~、
気がついたらでっかくなっててー!」
悲しいかなこれは事実だ。誠心誠意説明するだけだな。
うーん。と警察官たちは考え込む。
先輩と呼ばれた方がそう口を開いた時、後輩らしい方がすかさずツッコミを入れる。
とりあえず何だ、さっきのは洒落にならんので。
経路一帯に避難指示を出すから、この公園まで任意同行願ってもいいか?」
そう言って警察官が示したのは、あなたが先程ちょうど考えたあの公園だ。
僕たちも町を壊したい訳じゃないんですよ」
わらわらと工事用の先導車だのがあなた達の足元に集まってくる。
警察の皆さんにも、お手数おかけします」
このサイズになっているときの原子ってどーなってるんだろうなぁ、やっぱ概念的なアレかな、
たしかサイズだけがでかくなると重力で押しつぶされるはずだし、骨の耐久度が……
あなたは再び胸ポケットに入れられる。
そこから顔を出すのは自由だ。
SHIBUYA109の「109」マークが遠くに見える、見た感じほぼ同じ高さではないだろうか?
牧志の足下で鳥が一斉に飛び立ち、野良猫が慌てて逃げ出す。
あなたの身体にも揺れが伝わり、スマホの画面が揺れる。
ティラノサウルスの体高は約6メートル。あの時あなたが見た光景には想像が混じっているのか、もう少し、高かったか。
それよりも遥かに、巨大。
もはや高層建造物と言える高さのそれが、平均台を踏むようにして足元の道路を踏みながら、のしり、のしりと移動する。
牧志の心臓の音がよく聞こえる特等席だからなんとか耐えられるものの、
おそらく擦るような一歩ごとの上下動がえげつなさ過ぎる。
たしかに飯、どうしたらいいんだろうなぁ。
生理現象も……考えないでおきたい。
どこで寝るんだ。寝返りなんてうとうものなら大事件じゃないか。
このサイズじゃ異界にっていったってそんな都合良く入れるところなんてないだろう。
後で牧志に夢についてもっと詳しく聞いておくか……
たまに生存報告するように声を上げつつ景色を楽しんで(?)おこう。
展望台の網目のようでもあった。
1d100 45 Sasa 1d100→ 69→失敗
あっ。うっかり電柱に足をひっかけた。
あっ。電波塔が、あっ……。
もうもうと上がる土煙。
控え目に言って惨事である。
時おり聞こえる牧志の悲鳴やら謝る声にはすまないなと思いつつも、現地につくまでおとなしくしていよう。
何か壊したとしても俺たちのせいじゃない。牧志を巨大化させたバカが悪い。
ある日突然牧志が巨大化!? 一体どうして? さしあたって飯どうしよう?
TRPGリプレイ【置】CoC『Midnight pool』 佐倉&牧志 1
「僕の仕事、何だったんですか?」
「悪魔退治屋。報酬の多寡は分捕った金次第」
「え? 悪魔って言った? 退治? ぶんどるってそれ強盗では?」
TRPGリプレイ【置】CoC『夢の果てならきみが正しい』 佐倉&牧志 3
それらはあなた達にとって大いに見覚えがあった。
何ならあなたはそれらを男が半狂乱で取り出している映像を見た。
牧志はその握り拳大の塊を自分の手で抉り出した。
【クトゥルフ神話TRPG】
本作は、「 株式会社アークライト 」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。
Call of Cthulhu is copyright ©1981, 2015, 2019 by Chaosium Inc. ;all rights reserved. Arranged by Arclight Inc.
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PUBLISHED BY KADOKAWA CORPORATION 「クトゥルフ神話TRPG」