世界樹の迷宮を彷徨う者たち

006 はじまりの日 1

それは、今から一年位前の話。
ルシオン
「セカンド、本当にいいのですか? 
私の目的も聞かないで一緒にエトリアまで行くなんて」
ゴート二世
「だから、俺をセカンドと呼ぶなって何度言ったら……
俺は別にお前にくっついて行くんじゃねえよ。
噂に名高き世界樹の迷宮、面白ぇじゃねーか。化け物がうようよしてるって話だ、戦いが俺を待ってるぜ。
高名なる聖騎士殿の護衛にゃちょいとヒネっくれてるけどな」
ルシオン
「どこまで本気なんですか、あなた」
ゴート二世
「俺はいつでも本気さ。何なら神にも誓っちゃうぜ。俺のハムより薄い信仰心に賭けて!」
ルシオン
「そういった冗談は笑えませんので、聞かなかったことにしましょう」
ゴート二世
「へッ。
ま、エトリアにはバルロンドがいるはずだからな。久々にあいつのツラ見るのも悪かねー」
ルシオン
「結婚したらしいですね。バルロンドがまさか自分から好きな人を見つけて恋愛結婚するなんて、思ってもみませんでした」
ゴート二世
「あの研究馬鹿の朴念仁、研究と結婚するんじゃないかと思ってたもんな」
ルシオン
「ふふ、楽しみね。どんな人かな」

ゴート二世
「あのさ、ルシオン。お前、どうして聖騎士になった? 
神に仕えるものはともかく、どうしてわざわざ戦おうなんて思ったんだ?」
ルシオン
「護りたかったから、かな。
神の言葉を説いて魂を救える、素晴らしいこと。
でも、力のない人を救うには、護る力も必要だと思った。
言葉だけでは救えない人もいる。信じたくても信じられないこともある」
ゴート二世
「聖騎士様の言葉か? それが」
ルシオン
「そう、私はまだ俗物。
聖騎士の称号は受けたけど、まだまだ、道は遠いかな」
ゴート二世
「ま、いーんじゃねーの? 
お前は伝説の聖人じゃねえし。その年齢で悟ってたりしたら、逆に心配するよ」
ルシオン
「酷い」
ゴート二世
「魂が永遠だってんなら、死ぬ直前に悟ったっていいんだろ? それに、俗物の俺としちゃあ、完全無欠の聖人君子様より、不器用な見習いの言葉の方が聞きやすいぜ」
ルシオン
「それで元気づけてるつもりなの? ありがと。
あなたがいてくれて良かった。正直言って、私、少し怖い」
ゴート二世
「世界樹の迷宮が?」
ルシオン
「うん。それから、その奥に待っている何かが……」
ゴート二世
「何でお前があそこへ行くか、は知らねーけどさ。
ま、行く先が同じ間は手伝ってやるから、胸張ってな、騎士様よ」
ルシオン
「そういうあなたはどうしてダークハンターに?」
ゴート二世
「戦うのが好きだから」
ルシオン
「それならソードマンのままでも良かったじゃない」
ゴート二世
「力任せにやるよりこっちの方が向いてるんだよ」

ルシオン
「バルロンド! 久しぶりですね」
バルロンド
「ルシオン! 何故ここに? 聖騎士団に入ったはずでは……」
ゴート二世
「細かいこたぁどーでもいいじゃねーか。ほら、土産。
それより、嫁さんもらったって?」
バルロンド
「まあな」
ゴート二世
「照れんなよ。いい子なのか?」
バルロンド
「コレットを評価するなど、いくらお前でも許さんぞ。
まったく、年齢を重ねたというのに、落ち着きや分別といったものは重ねてこなかったのか?」
ゴート二世
「お前もすっかりおっさんくさくなりやがって。よっ、一家の大黒柱っ!」
バルロンド
「俺のことなどどうでもいいだろう」
ゴート二世
「それが、どーでも良くはないっつーか、興味津々っつーか」
バルロンド
「コレットは買い物に出ていて……」
ゴート二世
「お前の嫁さんも見たいけど、そうじゃねえ。ちょっと折り入って頼みがあってさ」
バルロンド
「……ルシオン、お前たちは物見遊山に来たというわけではないのだな」
ゴート二世
「俺らが一緒に現れて、観光もクソもねーだろが」
バルロンド
「いや、あの頃はそれでも……まあいい。
つまりは、世界樹の迷宮のことだな」
ルシオン
「話が早くて助かります」
バルロンド
「ふむ。だがな、今この町にお前たちの助けになる者がいるかどうか……
俺もかねてよりこの迷宮に興味があり、だからこそここに居を構えているのだが、何しろ一筋縄ではゆかん。
それにここにいる冒険者は、冒険者とは名ばかり。危険をおかす覚悟もなくそのくせ命を軽く考える、金に目のくらんだ屑ばかりだ」
ゴート二世
「ってことは、少なくともお前は来てくれるってことだろ?」
バルロンド
「うむ……そうしたいのは山々だが、あれがなんと言うか……」
ルシオン
「私たちからも奥さんにお願いしましょう」
ゴート二世
「とすると、俺とルシオンが前衛として、あとは医者あたりが欲しいところだな」
バルロンド
「医者か。ケフト施薬院には医学を志す者が多くいるはずだが、冒険者に協力してくれるような酔狂な者がいるかどうか」
ルシオン
「それに、私たちはここの地理に不慣れですから、森の知識に長けた、狩人か誰かに案内を頼みたいですね」
ゴート二世
「駄目で元々だ、施薬院からあたってみようぜ」

007 はじまりの日 2

ルシオン
「なかなか、いないものですね」
バルロンド
「俺が以前仲間を募った時もそうだった。
……ふむ、そうだな。この際ギルド登録所へ行ってみるのはどうだ?」
ルシオン
「登録所?」
バルロンド
「ここでは、冒険者はギルド単位で管理されている。
登録所を通して執政院にギルドの情報が蓄積されるのだ」
ゴート二世
「なんだそれ、面倒臭ぇなぁ」
バルロンド
「そう腐るな。ここでは迷宮の探索は執政院の正式な事業として認められている。
ギルドとして登録しなければ世界樹の迷宮への立ち入りは許可されない代わりに、犯罪者まがいの妙な奴らが迷宮に潜伏するようなこともないという事だ。
それに、執政院の調査に協力すると報酬が受け取れる」
ゴート二世
「へー、冒険者を『職業』として囲っちまうわけか。まあ確かに、秩序を保つにはいい方法なのかもしれねーな」
ルシオン
「迷宮へ入るならどの道登録しなければならないんですよね?」
バルロンド
「そうだ。あまり期待はもてないが、ギルドに我々と同じように組む相手を探している者がいるかも知れん」
ルシオン
「いずれ行かなければならないのでしたら、行っておきましょうか。
そういう仕組みで動いているのでしたら、早めにギルドを作ってしまった方が色々と動きやすそうですし」
ゴート二世
「ルシオン、俺らの宿泊先はどうする?」
バルロンド
「ギルドを立ち上げて、ある程度の実績を収めれば、拠点として部屋が貸し出される。
仮眠所くらいにしかならんがな。
しばらくは長鳴鳥の宿に部屋を取るといい。
まあ、今日くらいは泊まってゆけ」
ゴート二世
「おっ、ラッキー。恩に着るぜ」
バルロンド
「いいか、絶対に騒ぐなよ。飲むなら酒場で飲め」
ゴート二世
「むしろお前も嫁さん連れて酒場に来いよ。これから色々と世話になるかも知れねーんだからさ」

ルシオン
「ギルド名……シェルナ……人数三人……職業……」
ゴート二世
「お役所は面倒だな。……ん、何だ、ありゃ」
バルロンド
「ふむ、レンジャーのようだな」
ゴート二世
「なんかモメてんな。見てくる」

ゴート二世
「なんかな、半壊したパーティーがあって、レンジャーが一人抜けるんだってさ」
バルロンド
「珍しくもないな」
ゴート二世
「レンジャーが警告したのに、それを聞かなかったばかりか、逃げるときに死体と一緒にレンジャーを置き去りにしたらしいぜ」
バルロンド
「こうしてまともな神経を持つ冒険者は去ってゆくのだ。
お前はそのレンジャー、どう見る?」
ゴート二世
「むっつりした美人。実力は知らねーが、戦士の顔はしてた。話してみてもいいと思う」

ルシオン
「あの、ラチェスタさん? ですよね?」
ラチェスタ
「…………」
ルシオン
「もし仲間をお探しなら、我がシェルナギルドはいかがですか?」
ラチェスタ
「…………」
ルシオン
「あの……できたばかりのギルドで、頼りないかもしれませんが」
ラチェスタ
「メディック……」
ルシオン
「……ええ、メディックはこれから探すんです」
ラチェスタ
「いつ見つかる?」
ルシオン
「それは、わかりませんが……」
ラチェスタ
「…………」
ルシオン
「あの、メディックがいればご協力いただけるんですか?」
ラチェスタ
「…………」
ルシオン
「あのーっ、聞いてます?」
ラチェスタ
「……悪いが、またにしてくれないか……疲れていて、眠い……」
ルシオン
「……えっ?」

ゴート二世
「メディックがいないギルドに入る気はない。至極正論だ。
けど感じ悪いな、それ」
ルシオン
「何にせよ、まずは協力してくれるメディックですね」
ゴート二世
「けど、ケフトには目ぼしい奴いなかったし、いっそ求人広告でも出すかぁ? 
命知らずの医者求む。危険な迷宮で安定した生活を棒に振って戦える奇特な方はシェルナギルドまで……ってさ」
女性
「あのー、皆さん迷宮に挑む冒険者の方?」
ルシオン
「正確にはそうなる予定、です。何か?」
女性
「あなたがリーダーですよね? 
失礼ですけど、仲間の男性って信用できます?」
ルシオン
「少なくとも私は信頼していますが。何かご用ですか?」
女性
「良かった! ごめんなさい、いきなり失礼な質問をして。女性の方がリーダーっていうギルドがなかなかなくて、探していたんです。
私こういうの初めてで、入るなら安心できるギルドがいいなぁって」
ルシオン
「わかりますよ。私も最初そうでしたから」
女性
「まだ名乗ってなかったわね。
私はラピス。見習いだけどメディックよ」
バルロンド
「それはありがたい。我々は今まさにメディックを探していたところだ」
ゴート二世
「渡りに船ってやつだな。歓迎するぜ」
ルシオン
「では、一緒にお食事でもいかがですか? 少し話しましょう」

ラピス
「メンバーがあと一人足りないのね?」
ゴート二世
「そ。心当たりねーかな?」
ラピス
「そうね……私の友達がさっき戻ってきていて、ちょうどパーティーを外れたところみたいなの。声をかけてみようか?」

ラピス
「あっ、いたいた。ラチェスタ~!」
ルシオン
「あっ、あの人」
ゴート二世
「さっきのあいつか?」
ラチェスタ
「ラピスか……なんだ?」
ラピス
「私、このギルドに入れてもらうことになったの」
ラチェスタ
「そうか、良かったな」
ラピス
「でね、まだ一人メンバーが足りないそうなの。あなた今フリーでしょ?」
ラチェスタ
「それは構わないが」
ラピス
「良かった! こちらはルシオン、ギルドのリーダーで、パラディンなんですって」
ラチェスタ
「…………」
ルシオン
「さ、先ほどはどうも」
ラチェスタ
「…………。
どこかで会ったか? すまないが、記憶にない」
ルシオン
「……えっ?」
ラピス
「もしかして、もう会ったことあるの?」
ゴート二世
「ああ、さっきものすごく失礼な対応をされた」
ラチェスタ
「私が? そうか、それは済まなかった。謝る」
ゴート二世
「どういう意味なんだ?」
ラチェスタ
「おそらく、会ったのは帰ってきてすぐなのだろう。
あまりにも眠かったので、覚えていないんだ」
ゴート二世
「なに?」
ラピス
「あの、ラチェスタって悪い子じゃないんだけど、極限に眠いときや疲れているときなんかは、ちょっと無愛想になっちゃうし、その間のことは覚えていないのよ」
ゴート二世
「眠かったぁ?」
ルシオン
「それだけですか?」
ラチェスタ
「本当に、済まない」
ゴート二世
「おい、どーする?」
ラピス
「腕は確かよ。保証するわ」
ゴート二世
「本当に大丈夫かよ」
ルシオン
「レンジャーは必要ですし、今は他にいませんし……」
ゴート二世
「確かにな……」
ルシオン
「きっと、何とかなりますよ」
ゴート二世
「おいおい、大丈夫かよ」
ルシオン
「そんな気がするんです。大丈夫だって。
では、ラチェスタさん、まずは少しお話を……」
こうして、シェルナギルドは旗を揚げた。
この頃は誰も、このギルドがエトリア一有名なギルドになるなどとは、思ってもいなかったのだ。

008 そして巡り会う日 1

ルシオン
「そろそろ帰って休みましょうか」
バルロンド
「本日もゴートが殺されかけた以外は何事もなし、と」
ゴート二世
「るせー」
ラピス
「ごめんね、がんばって重傷回復の薬作れるようになるから」
酒場の方で何か言い争うような声が聞こえる……
ルシオン
「何事でしょう? 喧嘩なら止めなくては。
あれは子供ですよ! ひとりに寄ってたかって……私、仲裁に行ってきます!」
ゴート二世
「よせよせ、わざわざ面倒に巻き込まれることはねーって……
あー、やっぱ行くか。やれやれ」
ラピス
「セカンド、本当に止める気あるの?」
ゴート二世
「何言ったって止まらねーんだからしょーがねーじゃん」
ラピス
「どうしてそんな投げやりなのよ」
ゴート二世
「伊達にあいつと長く付き合ってないの、俺は」
ラピス
「だからって、見ているだけなんてないと思うわ! 私も行ってくる!」
ゴート二世
「あーあ、ルシオンより熱くなってやがる。まいったね」
バルロンド
「……ふむ、やはり火に油を注いでいるだけのようだな」
ラチェスタ
「何だ、何かあったのか?」
ゴート二世
「大したことじゃねーよ。別に死人が出そうな雰囲気じゃねえ」
ラチェスタ
「そうか。しかし、ラピスが怪我をすると厄介だ」
ゴート二世
「血の気の多いメディックってのは困りモンだなー」
ラチェスタ
「ラピスは血の気が多いわけではない。少々思い込みが激しいだけだ」
ゴート二世
「……あーあ、やっぱ始まっちまった。
女だからって侮ってくる奴には、マトモにぶつかると面倒だから流せって言ったのに」
バルロンド
「取るに足らないプライドを刺激すると無駄に逆上する輩が多いからな」
ゴート二世
「ルシオンの奴、力やら身分やら女やら使えるカードたくさんあるくせに使わねーんだもん。
だったらちょっとおだてて弱っちぃフリしてりゃバカはやり過ごせるのに、それもやらねぇってさぁ」
ラチェスタ
「ルシオンはそれでいいだろうが、ラピスにそれを弁えろというのは無理だろうな」
ゴート二世
「そーゆー奴か。そーかそーか。
あーあ、家具が破壊され始めたな。そろそろ止めに行くか。
は~、面倒臭ぇ」

ラピス
「もう、あんなに鮮やかに止められるなら早く止めてよね!」
ゴート二世
「自分で勝手に諍いに首突っ込んどいて、止めた奴に文句言うってどーよ。
あれ以上面倒起こしたら出入り禁止になりそうだったから仕方なくやったの。
大体ああいうときは逃げが基本なんだよ、逃げが。お前らが乱入したからこのガキんちょが逃げそこなったんじゃねーか」
ラピス
「……そうなの?」
ルシオン
「ごめんなさい、でも放っておけなくて……あなた、大丈夫?」
少年
「大丈夫です。慣れているから」
ラピス
「でも、その怪我……」
少年
「本当に大丈夫です。ありがとうございました」
ゴート二世
「お前、ソードマンだな?」
少年
「一応は……そうです」
ゴート二世
「一応ってこたねーだろ? さっきの踏み込みはなかなかのもんだったぜ」
少年
「ありがとう。
もしかして、皆さんは世界樹の迷宮に行く冒険者ですか?」
ラピス
「そうよ。何か依頼?」
少年
「僕をギルドに入れていただけませんか。世界樹の迷宮へ行きたいんです」

ラピス
「うーん、ちょっと若すぎない?」
ゴート二世
「んなこたねーよ。普通だ普通」
ルシオン
「ただ、今のところギルドの人数は足りているんですよね」
バルロンド
「このギルドの人員では物理的な破壊力が少々弱い。
物理的破壊力の高いソードマンが加入することは、バランスとしても良いことだと思う」
ルシオン
「キリクといいましたね、あなたはどうして世界樹の迷宮へ行きたいのですか?」
キリク
「僕は、どうしても……
自分の力を試したいんです。剣士として当然のことじゃないですか?」
ゴート二世
「ふーん……ま、いいんじゃねーの? 見たところ、それなりに下地はありそうだ。足手まといにはならんだろ」
ルシオン
「そうですね」
ラピス
「私は反対だけど……
危ないのよ、迷宮は」
ゴート二世
「ったりめーだろ。今更何だ。条件は俺らも変わんねーよ」
ラチェスタ
「そのうち心配されるのはお前のほうになるかも知れないぞ」
ラピス
「……もう。知らないっ」

009 そして巡り会う日 2

迷宮へ続く道にて
キリク
「お早うございます」
ゴート二世
「遅ぇ遅ぇ。何やってたんだ?」
キリク
「すみません。宿屋から出たところで女の子につかまってしまって」
ゴート二世
「女の子、だぁ? おいおい、そういうのは探索終わってからにしろよな」
ラピス
「まあ、若いんだし、ねえ?」
ルシオン
「でも、約束は約束ですよ」
キリク
「ち、違いますよ! 知らない子なんです」
ゴート二世
「おー、この女泣かせ。自慢ならもっとさりげなくやるもんだぜ」
キリク
「誤解しないでくださいよ! 
本当に僕にもわけがわからないんですから!」
ゴート二世
「どういう奴だったんだ?」
キリク
「ダンサーみたいでした。
僕たちのことをしつこくきいてくるんですよ。もう、何なんだろう、あれ」
女の子
「ダンサーっていうのは正確じゃないなー。
あたしはバードだよ」
キリク
「うわっ、まだいた!」
女の子
「シェルナギルドの、ルシオンさん? 今から樹海に行くんだよね?」
ルシオン
「そうですよ」
女の子
「帰ってきたら、いろいろとお話を聞きたいんだ」
ルシオン
「あなたは、バードですよね? 詩を作りたい、ということですか?」
女の子
「そう!」
ルシオン
「他にもパーティーはありますよね。どうしてシェルナギルドに?」
女の子
「それはねぇ、あたしのカン。
この人たちはぜーったい、いい詩が作れるって」
ゴート二世
「おだてても何も出ねーぞ」
ラピス
「でも、ちょっと照れるわね」
女の子
「普通のパーティー追っかけたって、面白い詩なんか作れないもん。
シェルナギルドなら、面白い詩が作れると思うんだ!」
キリク
「僕たちが普通じゃないって言いたいんですか?」
女の子
「そりゃそうだよ! ワケアリの旅人に、死に神ラチェスタ、それからバルロンドさんなんて、こんな濃いメンバー他にないじゃない」
ゴート二世
「死に神?」
女の子
「うん、組んだメンバーで絶対死人が出たり、全滅したり、解散したりって、ロクなことが起こらないから、そう呼ばれてるよ」
ラピス
「それは、ただの失礼な噂よ! ラチェスタを入れるパーティーがどれも酷いのに、ラチェスタが実力で生き残っているだけの事だわ! 
それより、私は……?」
キリク
「(良かった、僕は濃いメンバーに含まれてないや)」
ルシオン
「わかりました、今はとにかく出発前ですから、帰ってきてからお話を聞きましょう」
女の子
「違うよ、話を聞きたいのはあたしの方なんだよ。
あたしはチェ=パウ。よろしくね! 他のバードに先に話しちゃったらやだよ!」

ゴート二世
「何だったんだ、今の」
ラピス
「バードよ。歌を歌ってお金を稼いでいるの。だからきっと、色々な物語を集めているんだわ」
ゴート二世
「んなこた知ってるよ。俺が聞きたいのは、あの変な女は何だったのかってことだ。
おいキリク、本っ当に知らないんだろうな? やけに馴れ馴れしかったぞ」
キリク
「本っ当に知りませんってば!」
ルシオン
「ふふ、でも面白い子じゃないですか」
ラピス
「私ももう少し存在感を出さなきゃ駄目かしら……」
ルシオン
「さあ、今日は二階の探索をもう少し進めましょう」

その日の夜
チェ=パウ
「ふーん、それでそれで?」
ゴート二世
「その気配は鹿かと思いきや、これがぶっとい足の雄牛だったんだ。
鹿なら目の前を通り過ぎてもただ走り回っているだけなのに、こいつときたら目を血走らせて走ってきやがってなあ……」
チェ=パウ
「わぁ! 知らない敵だったんだね! じゃあピンチじゃない!」
ゴート二世
「そこはルシオンが冷静にフロントガードで守備を固めている間に、バルロンドがすかさず……」
ラピス
「あ、そこは私の見せ場なんだから、私に言わせてよ!」
キリク
「なんか楽しそうですね……」
ルシオン
「ふふ、セカンドはああ見えて面倒見がいいんですよ」
チェ=パウ
「面白いなー、絶対これウケるよ! 
ちょっと即興でやってみるね!」

バルロンド
「ほう……」
ラピス
「きれいな声ねーっ」
ゴート二世
「へーっ、大したもんだな。上手い上手い」
チェ=パウ
「でしょでしょ? ちょっと自慢なんだよ」
ゴート二世
「なんだ、見た目によらず凄いな、お前。
また来いよ、歌一曲のかわりに樹海の話をしてやるよ。
いいよな?」
ルシオン
「ええ、かまいませんよ」
チェ=パウ
「ほんと? やったー!」

ゴート二世
「で、気がついたら当たり前のようにギルドにいたんだよな」
チェ=パウ
「あたしも正直言っていつから参加してたかわかんないや。
でもね、やっぱりシェルナギルドを選んで良かったって思うよ。
毎日楽しいし、きっとあたしが作った詩は何か大きな意味を持つようになるって、確信できるんだ」

010 そして巡り会う日 3

ルビーが滞在している宿の一室
ルビー
「おや、お帰り、ラピス。
珍しいじゃないか、ここに戻ってくるなんて。
世界樹の探索は進んだかい?」
ラピス
「姉さん……」
ルビー
「どうしたのさ、改まって」
ラピス
「姉さんの腕を見込んでお願いがあるの。
お願い、力を貸して!」

ルビー
「はぁん? それで、森の中におっきな蟷螂が出るってんだね?」
ラピス
「そうなの。おかげで全然進めないのよ。
少しだけでいいの、姉さんの毒を試して欲しいの」
ルビー
「なるほどねぇ。
……いいよ、乗った。あたしも自分の毒調合がどこまで通じるか試してみたいからね」
ラピス
「ありがとう!」
ルビー
「ただし、ひとつ条件がある。これを呑んでくれなきゃ交渉は決裂だよ」
ラピス
「わ、私まだあまり稼げないけど、少しなら……」
ルビー
「馬鹿、身内から金取ろうなんて思わないよ。
あんたの所のリーダーに会わせてくれるように話つけとくれ」
ラピス
「ルシオン? ルシオンに会いたいの? それはもちろん、協力してもらうときに正式に紹介するけど」
ルビー
「ふん、あたしの毒だよ。あたし以外に使いこなせるモンか。
あんたになんて危なっかしくて預けられないよ」
ラピス
「……まさか、一緒に行くつもりなの? 本気?」
ルビー
「そうさ。いい機会だ。
あたしはね、一度世界樹の迷宮に入ってみたかったのさ」
ラピス
「でも、姉さんに何かあったら、私……」
ルビー
「ちょっとくらい先行したからって自惚れンじゃないよ、ひよっ子メディックが。
その台詞はお互い様だ、互いに役に立てれば言う事ないだろ?」
ラピス
「もう、相変わらず口が悪いのね。
頼むから、みんなにあまり乱暴な口きかないでよね」

金鹿亭
ルシオン
「ええ、ご協力いただけるのなら勿論大歓迎です」
ルビー
「決まりだね。じゃ、これからよろしく頼むよ!」
ゴート二世
「おっ、いい飲みっぷりだな。姉さんイケる口だな。ルシオンは飲まねーし、キリクはすーぐ潰れちまうんで退屈だったんだ。
おーい、女将さん、いつものふたつ追加頼むぜ!」
ルシオン
「お酒はほどほどにしてくださいよー」
キリク
「僕はそろそろ失礼を……」
チェ=パウ
「きゃはははは、あっはははは」
ラピス
「キリクったら、付き合い悪いわぁ。ダメダメ、夜はこれからよっ」
キリク
「うわ、ちょっ、やめてくださいよっ。酔うの早すぎ!」
チェ=パウ
「あはははははは、一番、チェ=パウ! 秘儀、即興・踊りっぱなし、いっきまーす!」
ゴート二世
「おー、いいぞ、やれやれー!」
ルシオン
「もう……飲みすぎは駄目だって言ってるのに……」

011 そして巡り会う日 4

ルビー
「おや、また来たよ。ふふ、今日はどんなクレームだろうね?」
ラピス
「またぁ? 今度は何かしら? ルシオーン! いつもの子が来たわよ~」
ルビー
「残念、ルシオンは出かけてるよ」
ラピス
「セカンドは?」
ルビー
「さっき裏口から出て行ったね」
ラピス
「ずるい……」

ケイン
「おいっ! シェルナギルドのヤツ!」
ルビー
「はいはい、なんだい? 
葉っぱが折れてるかい? それとも木炭の焦げ方がご不満かい? 材料に血がついてたかい?」
ケイン
「オレは依頼人だぞ。依頼したものには代金を払う。でもな、依頼の条件に満たないものにはびた一文払う気はねぇよ!」
ラピス
「そんな事言ったって、人工物じゃないのよ。そうそう依頼通りのものが必ず手に入るってものでもないわ」
ケイン
「へ理屈だ! オレが頼んだのは無傷の星形の種子だぜ。こんな傷がついてちゃ、エキスが逃げちまって薬の調合には使えねーよ! 
これは返す。けど金も返してもらうからな」
ラピス
「ちょっと見せて。
……こんな傷、調合には関係ないわよ。君、前から思ってたけど、ちょっと神経質すぎるわ。
そんなんだから、他のギルドは君の仕事請けてくれなくなっちゃったんじゃない」
ケイン
「あんたさ、メディックだろ? 
この傷の影響もわかんねぇような適当な調合してるのかよ? 
あくまでも理想値に近づけるのがオレの今必要としている材料なんだ。
こんな傷物に金は出せないね!」
ルビー
「ふーん。まあ確かに、言っていることはもっともだね。
ラピスはもう少し繊細になってもいいと思うよ」
ラピス
「姉さん! 茶々を入れないでよ!」
ルビー
「ねえ、坊や。あたしたちは十分精一杯やっているつもりだよ。それでもあんたの理想には届かない。他のギルドだってそうだろうね」
ラピス
「そうよ。それに、運良く理想の材料を手に入れて最高の薬を作れたって、それ一回きりよ。
理想の材料なんて、そうそう手に入るものじゃないわ。
私たちメディックにできるのは、今すぐに手に入る材料で、最高の効果を生み出す薬を作ることでしょ。違う?」
ケイン
「いいや、それは甘えだね。
あんたさ、何もわかっちゃいねぇよ。最高の薬でこそ救える人間だっているかもしれないのに、上を目指さなくてどうする?」
ラピス
「もう、理屈じゃ誰も動かないわよ! 生意気な子ねー」
ケイン
「無知な奴の苦し紛れの中傷はワンパターンだね。
とにかくこいつは使えない。もっと丁寧にやってくれないとな」
ラピス
「丁寧ってねぇ、君、命がけで戦ってるのに、そんな器用なこと考えていられないわよ!」
ケイン
「そこを何とかするのかあんたらの仕事だろ?」
ルビー
「……じゃアさ、坊や。いい方法があるよ。あんた自身が一緒に来て、指示してくれればいい。
別に一緒に戦えなんていわないから安心していいよ」
ケイン
「……はァ? 何言ってんだ、おばさん」
ルビー
「いい話だと思うけどね。
どっちにしろ今のままじゃアンタが欲しいものは手に入らない。
けど、一度でも来て、いい方法を教えてくれたら、それ以降あたしらも気をつけられるってことさ」
ラピス
「えぇっ、ちょっと、姉さん、そんな勝手に……」
ケイン
「……ふん。論点をずらす気か? 話にならないね」
ルビー
「そうかい。じゃア、傷物で我慢してもらうしかないね。
残念だね、もうあたしらじゃあアンタの役には立てないみたいだ。
次から他のギルドをあたっておくれ」
ラピス
「そんな事言ったって、もうどこも……」
ケイン
「……いいだろう。言ったことくらいはやってくれるんだろうな?」
ルビー
「それが正当な指示なら勿論さ」
ケイン
「もしオレが危険にさらされたら、代金は払わねぇ。逆に薬代請求するからな」
ルビー
「好きにしな」

ラピス
「もう、姉さん、大丈夫なの?」
ルビー
「ふふ、さあね。ま、現場の苦労ってものが解れば、あの子もどうするか決めてくれるだろ」
ラピス
「意地悪ね……」
ルビー
「おや、そんなつもりは無いんだけどね。
あたしはね、あの子が間違ってるとは思わないのさ。
無理だからって適度な妥協点を見つけるのももちろん大事だね。でも、そればかりじゃ新しい知識は入ってこないんだ」
ラピス
「でも、現実的に……」
ルビー
「そうだね。だから一緒に来いって言ったのさ。
あの子が求める物は今のままじゃ手に入らない。
単にあたしたちのやり方がまずいのかもしれない。もしそうなら指示を受けるのは双方にとっていいことだ。
もしかしたら、理想は理想でしかないのかもしれない。そうなら、あの子がこの迷宮で理想の種子を冒険者に依頼するのは無駄って事になるね。
お互いにどこまでなら可能なのか、見極めた方が早いさ」
ラピス
「何かあったらどうするのよ。それに、ギルドの一員じゃなきゃ迷宮には入れないわ」
ルビー
「そんなの、一時的に登録すりゃ済む事だろう? 
ま、万一何かあったら、何とかするのはメディックのあんたさ」
ラピス
「姉さんって……乱暴」
ルビー
「ふふ、あんたの姉だからね」
ラピス
「どういう意味よ」

ケイン
「おい、そんなに殴るな! それ以上やると壊れるだろ! ああっ! 
また無駄になったじゃないか、この下手くそ!」
キリク
「そんなこと言ったって、今やらなきゃ君がやられてたよ」
ゴート二世
「んっとにうるせえガキだな。さっきっから口ばっかじゃねえか。
あのクソうざい花をさっさと黙らせるには中心ぶった切るのが一番なんだよ。そうしねえと、やたら毒性の高い花粉に眠らされてお陀仏だ。
それを、傷つけずに倒せだ? つまんねー冗談だぜ」
ルビー
「まあまあ、今日一日は話を聞く約束だよ。努力しようじゃないか」
ゴート二世
「面倒だな」
ケイン
「あー、ちくしょう、なんでわかんねぇのかな。
つまりは一撃で破壊しようとするから傷が付くんだ。
見たところあいつの花粉は頭から出てる。そいつを封じてから根っこぎりぎりを切り落としてくれればいいんだよ!」
ゴート二世
「アホか! そんな器用なマネできるわけ……
待てよ。つまりは頭をシメりゃいいんだな? 
おい、キリク、次奴らがきたら、俺がヘッドボンデージで動きを止めるから、その隙にやつを地面から切り離せ」

キリク
「うん、何とかなりそうですね。
毎回とはいかないけど」
ゴート二世
「二割イけりゃ上等だろ」
ルビー
「どうだい、坊や。使えそうかい?」
ケイン
「……ダメだな、やっぱり傷ついてる」
ラピス
「厳しいわねぇ。これなら十分使えるレベルよ」
キリク
「そうか、まだ狙いが甘いのかな」
ゴート二世
「斧でそんな繊細な狙いができる方が凄ぇって。
俺ももう少し縛りの腕を上げるか」
ケイン
「……けど、ずいぶんマシになったと思う」
ゴート二世
「やれやれ、やっと罵倒じゃない言葉をいただけだぜ」
ルビー
「それじゃ、あと少しがんばろうかね」
キリク
「ひとつくらいいいのが採れるといいですね」
ケイン
「…………」

ケイン
「まったくもって不甲斐ない連中だな、一つとして満足のいくものが採れなかったじゃないか。
これじゃ金は出せねーよ」
ラピス
「普通とか少しいいレベルならたくさん採れたのに」
ケイン
「駄目駄目、そんなの物の数にも入らないね!」
ルビー
「残念だね、じゃああたしらが役に立てるのはここまでだ」
ケイン
「おばさん、まだオレは話してる。
だから、完璧なのが採れるまで、オレはお前らを使ってやることにした」
キリク
「…………ああ」
ゴート二世
「可愛くねぇガキだこと」
ルシオン
「メディックが増えるのはありがたいことですよ」
ラピス
「でも、キュア使えないわよ」
ルシオン
「……うーん……将来的には何かいいことがあるかも知れません」
ルビー
「ま、そういうことならね」
ゴート二世
「俺たちは高いぞ」
ケイン
「そんなの、オレがこれから目指す道に比べれば安いもんだね」
ゴート二世
「ほーぅ? いい度胸だな。
ひとつ言っておくが、今日はあくまでもお客様待遇だったんだぜ。
明日からは覚悟しろよ」

ラピス
「姉さん、こうなることを予想してたの?」
ルビー
「まさか。あたしは人の心なんか読めないよ。
ただ、あの子にとって、少しの間でも自分の世界から出てみるのは良いことじゃないかと思ったのさ……」
ラピス
「昔、姉さんが毒使いの道を選んだように?」
ルビー
「ふふ、さあ、どうだろうね」